グレイトフル・デッド

@GWD

第1話

「あの葉っぱが全部散ったら、私は病気で死ぬの」


 昔どこかで聞いた陳腐なセリフだ。たしか病床にある若い女性が窓の外の樹木から葉が散るのを自らに重ね合わせ、衰弱していくのを見かねた絵描きが壁に葉を書くという話だったか?「病は気からとでも言いたいのか、くだらん」とその時は一笑に付したものだが、まさか自分がその立場になるとはな。


「申し上げにくいのですが……まずはご家族の方へ連絡を」


 医者はレントゲンを撮って開口一番、ばつが悪そうに俺に言った。


「家族……か、もう連絡がつかなくなって久しいが。今頃どこでどうしているのやら。今は一人だ」

「どなたか、連絡のつく身内の方は?」

「だから、何が言いたい」


 少し苛立ちながら言葉を返したが、少なくともただ事ではないということぐらいは説明を受けなくてもわかる。看護婦(今は"看護師"とやらだったか、くだらん言葉遊びだ)が明らかに傍らで緊張した面持ちになっているのを尻目に、一息吸ってゆっくり吐き出すように淡々とあの医者が放った言葉はひどく他人事のように聞こえた。


「有川聖正(ありかわ・きよただ)さん。落ち着いて聞いてください。いま、ガンは完治しない病気ではなくなりました」

「勿体つけるな。要点だけ言え」

「ガン、なんです。肝臓の」

「だから」

「ステージ4です」


 ガン?ただ最近少し脇腹の痛みが続いて鬱陶しいと思って軽い気持ちで病院へ検査に来ただけなのに?ヤブ医者め。この病院も歴史が長いだけで若い医者はアテにならんな、と鼻で笑って帰ろうと腰を浮かそうとしたのを見計らってかわからないが医者は言葉を続けた。


「肺にも転移が見られます。こっちは専門の検査をしていませんが、恐らくは間違いないかと」


 惰弱な奴が病気になるのだ、病は気から。その言葉と共に今まで病院や検査から遠ざかってきた俺の心身は、じわじわと鉛が侵食してくるような重苦しさを帯び始めていた。皮肉にも家族と言われて頭をちらついたのは、退職を機に「私達もこのあたりでいったん距離を取ってみませんか?」と三行半を突きつけて出ていった妻……いや、元妻の和子(かずこ)と、20年ほど前に俳優だか声優になりたいという愚にもつかない夢を語って家を出た息子の聖和(きよかず)の顔だった。


「改めてお聞きしますが、今ご家族はいらっしゃいませんか?」


 "ご家族"という医者の言葉は、ガンのこと以上に死刑宣告のような響きに思えた。

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