第5話 白銀の蝶は久遠を飛ぶ
きっ
シルビアが顔を向けた先。
その先に佇む影。
「そうだな……紹介しよう、シルビア
手でその影を指し示し、
「その時の蛇でも最強を誇る者。貴方も聞いた事はあるだろう、白銀の蝶の名を」
ごくり
シルビアが息を呑む。
時の蛇自体は、名を知る者は少ない。
が。
大物貴族、騎士、実力者。
そういった者の暗殺の際、現地に残されたメッセージ。
ミスリル製の、繊細な細工の蝶。
いつしか、皆の口に登るようになった。
白銀の蝶が殺しに来るぞ、と。
「ファイン王子が禁忌に手を染めたのを確認した。王家は、時の蛇が誅を下す」
淡々と、白銀の蝶が告げる。
ゆらり
無数の影が、壁にならぶ。
一人一人が、常世の者とは格別の存在。
それが無数。
時の蛇の全面支援とは、そういう事だ。
加えて、実力派の将軍や、魔道士もこちらについた。
武術大会の様な、綺麗な大会には出ていないが。
実戦では、カインの若造とは比べ物にならない実力者だ。
……
「こんな事をしても……何もなりません。私などの為に、ファイン様は……」
「来るさ。あやつは、既に城を発った。少数の護衛を連れてな。カインの若造は、防衛戦力として残ったようだ。勿論、カインの奴がいても、我が軍が遅れを取る事はないがな」
シルビアが、悔しそうにする。
--
>> ディボラック
「来ました」
白銀の蝶から告げられ。
応接室へと向かう。
そこには、ファイン王子が単独で待っていた。
部屋には、幹部、そして無数の影。
白銀の蝶の先導で。
部屋に、後ろ手に縛ったシルビアを連れて入る。
「わざわざご足労願い、かたじけない。ファイン殿下、ご機嫌麗しゅう」
「……シルビアは無事なんだな」
ファインが、焦りを滲ませた声で言う。
そんなにこいつが大切なのか?
確かに美しいが……本当の性別も知らず、哀れな事だ。
初夜になって初めて慌てるのだろう。
それはそれで見てみたい気もするが……
「ファイン殿下。誓約が先です。ご自身の、王位継承権の破棄……そして、私が王になる事を全面的に確約する事……ああ、それと。事が終われば、貴方は彼らに引き渡します。この世を乱した罪……その身で償っていただきますよ」
「オリンファス卿……貴方は、私利私欲の為に、王家に叛意を持つという事だな。他の者も同罪だな」
「世界の秩序の為ですよ、殿下」
くすくす
周囲の幹部から、笑い声が漏れる。
「殿下……立場をわきまえなさい。今や、我々の手札は、シルビア嬢だけではない……ファイン殿下、貴方自身、非協力的であれば、無事には済まないのですよ」
もっとも。
用済みとなれば、時の蛇に引き渡す。
その後は……恐らく、闇に葬られるのだろうが。
「……この辺が潮時か」
ちゃ
ファインが、剣を抜き放つ。
正気か?
周囲に敵しかいないというのに。
幹部のうち、武に優れた将軍が武器を抜き放ち。
がちゃ
闇が、動いた。
そして。
幹部連中が、闇に組み敷かれる……!?
「な……貴様ら……何故!?」
奴ら……裏切っただと!?
なるほど。
王子の手の上だったという事か……!
しかし……
とっさに、シルビアに短剣をつきつける事に成功。
「動くな、王子よ!こいつと、永遠の別れをしたくなければな」
たん
宙に浮くような感覚。
そして。
次の瞬間、組み伏せられているのは自分だった。
他でもない、シルビア嬢に。
動けない……!?
自分も、武闘派の貴族。
戦闘能力には相当な自信があるのに。
細い腕で、完全に抑えられている。
抵抗する力を出す事もできない、そんな抑えられ方だ。
何が……起きた。
シルビア嬢が、挑戦的な声音で、白銀の蝶に話しかける。
「……で、誰が男だって?」
白銀の蝶が、引きつった様子で後退り、
「いえ、お姉様……その、ですね。お姉様に手を出させない為に、ですね」
「それは何?僕が男みたいだって、そういう事?」
「ま、まさか!滅相もない!お姉様程美しい方は、知りませんって!!」
女!?
いや……確かに、華奢な身体つきはして……
というか、知り合い!?
お姉様!?
「君が白銀の蝶役か。もう少しマシな奴いなかったのか?他の者も、非戦闘員ばかり。良くばれなかったな?」
ファインが白銀の蝶?を、そして影を見回し、呆れたような声を出す。
何を言っている……?
影は、いずれも恐怖の象徴。
1人1人が、一軍にも匹敵する力を持っているというのに……
「……殿下が目ぼしい人を全員引き抜いたからでしょう!?ちゃんと作戦に必要な人材を戻して下さいよ!」
「既に王宮で仕事に就いている者をまわす訳にいかんだろ。仕事がまわらなくなるし、ばれるリスクもある」
「絶対に面倒だっただけですよね!?」
白銀の蝶?が叫ぶ。
「いや、賊諸侯が見てないところでは相当気を抜いて談笑してたよね。まず、仕事に対する基本姿勢がなってないと思うよ」
シルビアがツッコミを入れ、
「だって、仕方がないじゃないですか!!こんな奴ら相手に、馬鹿らしくて本気を維持できませんって!」
シルビアがバツが悪そうに、
「……まあ、その気持ちは分かったから、しめるのはやめておいた」
……なんかこいつら、無礼すぎないか!!!?
「まあ。これで叛意がある連中は大部分を洗い出せた。愛しいシルビアと一時離れるという、大きな代償を払った甲斐はあったか」
……謀られた。
影が、王子に書類を手渡す。
あれは……協力者のリスト。
くそ……くそ……
--
>> シルビア
「シルビア、お疲れ様」
ファイン様が、労いの言葉をかけて下さる。
「ただいま、です」
ぱさり
ファイン様の肩に、寄りかかる。
「あのリスト……君も手伝ったのか?」
「そうですね。奴らの目がない所では、それなりに動いていました……見ていられなかったので」
「いや、まあ。一般の諜報機関に比べたら、遥かに優秀なんだけどな。元白銀の蝶と比べてやるな」
「……ノッグ程度の実力で白銀の蝶を騙るなんて……伝統ある役職を何だと思っているのか」
思わず、頬を膨らます。
「それにしても、君が男か……」
ファイン様が、小首を傾げる。
「夜の営みをしているんだから、性別を偽る事なんてできない筈なのに……何故それで騙されるんだ?」
「あの、ファイン様。嫁入り前の娘に手を出すのは、本来であればありえないですからね?初夜という概念を覚えてくださいね」
「いや、今からそんな概念覚えても、もう遅いだろうに」
……側室を持つ気がないのだろうか、この人は。
以前確かに宣言していたけれど。
時の蛇。
世界の秩序を護る存在。
そこで育てられ、至高位である白銀の蝶として、ファイン様の暗殺を命じられ。
失敗し。
しかも、本拠地を攻められ、組織は瓦解。
お父様が完全に敗北を宣言。
お父様を始め、多くの者がファイン様に登用された。
私自身。
ファイン様の婚約者として、生まれ変わり。
そしてそれは。
思ってもいなかった、輝かしい世界で。
明るい未来で。
組織の皆も、本当に嬉しそうで。
国の将来も、明るい。
文武に優れたファイン様が王になれば。
民は、確実に幸せになれるのだから。
この国は……間違いなく発展する。
その気があれば、大陸の統一も容易に為すだろう。
……お父様は、ファイン様に手加減するよう懇願していたけれど。
お父様を圧倒するその戦闘能力は勿論。
知恵も、お父様が青くなる程の知恵……曰く、世界を千年は進める様な知恵らしい。
「ファイン様」
「どうした?」
ファイン様が、優しい目でこちらを見る。
「大好きです」
ファイン様は赤くなると、目を逸らす。
こちらも、赤くなっているのが分かる。
そう。
これは、永遠に続く、幸せな物語。
白銀の蝶〜僕が皇太子の婚約者ってどういう事ですか!?〜 赤里キツネ @akasato_kitsune
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます