第3話 武術大会

>> シルビア


じんじん……


父上に貰った、特大の拳骨。

少したんこぶができている。

非常に痛い。


「うう……」


呻きつつ、執務室のドアをノック。

許可を得て、部屋へと入る。


「王子、何もしないってどういう事ですか!?」


「言葉通りだ。俺に内政の才能は無いからな」


「いや、王子は本当に天才ですって!今まで王子の力を借りなかった事が本当に悔やまれます。国の懸案事項を多数解決、加えて農業や商業分野での歴史的な戦略……学術院の教授達も顔色を失っていましたよ!」


ファイン様を、アベルさんが泣きそうになりながらおだてている。


昨日。

ファイン様の知略と胆力に見惚れ、何度も惚れ直し。

ずっとはしゃいでいたのだけど。



夜に、ファイン様と共に父上に呼び出され。

懇願と叱責。



流石に今日は、何もする訳にはいかない。

まあ、その事情を知らない人にとっては、意味が分からないよね。


「……仕方がないですね……またやる気を出していただくのをお待ちします……」


アベルさんがため息をつく。


「シルビア様、今日もお美しいですね。シルビア様からも、王子に言って頂けると助かるのですが」


「いえ、ファイン様にご無理は言えませんよ」


次煽ったら、拳骨じゃ済まないと思います。


「そうですか……まあ、殿下に内政の才能がある事が分かっただけでも嬉しいです。武の才能がなくても、内政の才能があれば」


あれ?


「そう言えばファイン様、武術大会は出るのですよね?」


「む?出る気は無かったが」


おや。


「殿下はその……武の才能は少々……ですので、毎年不参加となっています」


アベルさんが言葉を詰まらせながら告げる。


今年は、父上や兄上、姉上も出場されるらしく。

なかなか見応えのある大会となりそう。

でも。


「私……ファイン様の活躍が見たいです」


「ふむ……分かった。魅せてやろう」


ファイン様が、微笑む。

格好良い……


ファイン様は、アベルさんへと顔を向け、


「アベル。早速出場の手配を。そして、俺と、3年連続優勝者であるお前が1回戦で当たるようにしろ」


「……出場の手配は構いませんし、シードやトーナメントを調整するのは問題ありません。ですが……神聖な大会で手加減は致しません。宜しいですね?」


アベルさんが半眼で問う。


「無論だ。棒立ちで降伏を宣言する事を許す」


「手加減も、演技もしないですからね」


アベルさんが、ため息をついた。

試合前にトイレは済ませておいた方が良いですよ。


--


>> アベル


武術大会。

大陸の英雄であり、武術も魔術も極めた、初代王である騎士王ラナン様。

そのラナン様が企画され、現代まで受け継がれる、伝統的な大会。


剣も、魔法も、なんでも許可されている。

殺しは禁止だが、過去には死者や重症者もやはり出ている。

それでも、大会は続いている。


王子からは、わざと敗北しろと命令されているが。

王族からの命令でも、従う必要はない。

むしろ、ここで本気を出さないのは、ラナン様への不敬罪として処罰されかねない。


「元帥閣下」


進行係が、呼びに来た。

第一試合だから、当然出番は早い。


「うむ」


愛剣、バルムンク。

王家の至宝でもあるそれを携え、控室を出る。

そして。


「殿下。胸を貸して差し上げます」


リングに上がると、そう告げる。


「前回優勝者が1回戦で消える大波乱。悠々と佇む俺。うむ、シルビアもまた惚れ直すに違いない」


「……幻滅されないよう、少し打ち合うくらいは付き合いますよ」


俺は、ため息をつく。

情けない。



「それでは……始めて下さい!」



進行係の合図。

王子は……隙だらけ。

というか、打ち込んで来ないの!?

どう体裁整えろと!?


仕方がない。


こちらから軽く打ち込んで。



剣を。



構え。



そして。




ぞわっ




違和感。

悪寒。

目眩。


全身から、汗が吹き出す。


何……これ……



目が見開かれる。


ファイン様が、僅かに。

僅かに動き。


剣の柄に手を載せた。

瞬間。


これは……殺気……?


無理だ。

分かってしまう。



自分が、如何に弱者であったか。

相手が、如何に強者であったか。




からん


剣が、リングに落ちる。



喉がからからになり。


「無理です……降参します」


「うむ」


王子が、爽やかな笑みを浮かべる。



観衆のどよめき。

罵声。



おそらく、俺は演技で負けたと思われているのだろう。

王族への忖度で負けたと。



いや、それよりも格好悪いかも知れない。

相手に恐れをなし、試合から逃げたのだから。

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