第2話 傾国の美女

「君との婚姻は内定しているどころか、既に婚姻したと思っている。だから、君には普通に手を出すし、夜は俺の部屋で寝るように」



「想像と逆だった!?」



ファイン様……読めない。


「あと。俺は現王朝唯一の王位継承者……王位につくことは内定している。つまり、君は王妃となる事が内定している。今日からでも、母上から王妃の仕事の引き継ぎを始めて欲しい」


「引き継ぎ!?」


見習いとして指導を受けるならともかく。

実務に入るのは、通常であれば実際に継承してからの筈。


しどろもどろに弁明し。

夜に寝所を共にする……それは先延ばしにする事に成功したのだった。


--


>> カイン


シルビアが貴族令嬢と挨拶を交わし。

堂々とした姿勢で、立ち去る。

その姿は自信に満ち溢れ、高貴な令嬢である事を疑う者はいないだろう。


貴族令嬢達の顔に浮かぶのは、戸惑い。

名も知らない田舎貴族の娘に、皇太子の婚約者の座を攫われた。

当然、面白い訳は無いのだが。

あまりにシルビアが役にはまっている為、手の出しようが無いのだろう。

まあ、本当に危害を加えられる訳はないのだが。


皇太子の迅速な人事で、父上、俺、その他兄弟姉妹が要職に据えられたので。

たった数日で、父上は序列一位の大貴族様だ。

うちの家に迂闊に手を出す馬鹿はいないだろう。



面白くない。



それが、宮廷に渦巻く感情だ。



「カインおにーさま!」


ふと。

シルビアが、目の前に来ていた。


「これはこれは、シルビア嬢。皇太子に見初められた、傾国の美女様はご機嫌麗しゅう」


「からかわないで下さい!」


シルビアが、頬を膨らます。


「似合っているのは事実だ」


「……本当に……変じゃないですか?」


俺は、目を丸くする。


「お前の口からそんな言葉が出るとはな。そもそも、ご令嬢方がお前を認識して話している事すら、ただただ驚きだ」



「僕を何だと思ってるんですか!?」



シルビアが心外そうな顔をする。


「僕は変わったんです。今は目立つこと、それが僕の役割。そう認識していますから」


「あのシルビアがね……本当に変わったね」


「はい、みんな変わったんです」


シルビアが微笑む。


「でも、本当に変じゃないですか ?」


「すごく似合っているよ。どこからどう見ても、高貴な貴族のご令嬢様だ。この国一の美女だな」


「うう……」


さて。


「そろそろ仕事だな」


「あれ。カインお兄様は、今日は非番の筈ですが」


「部下の稽古を見る約束をしていてな。騎士団長ともなれば、なかなか自由が効かないらしい」


「……稽古って……大丈夫なんですか?」


「リックの奴なんかは加減を知らんが……俺はちゃんと配慮ができるぞ?」


「リックお兄様……魔物討伐隊の隊長に就任していましたね。適材適所ですね」


そう上手く行ってないんだがな。


「で、おめかしを見せに行くんだろう?」


「うう……」


シルビアが不安そうにため息をつく。

いや、本気で可愛いから。

絶対大丈夫だから。

皇太子が張り切りすぎてやらかさないかの方が心配だから。


とてとてとて。


シルビアが、おぼつかない足取りで、歩き去って行った。


--


>> アベル


まずい。

非常にまずい。


王子の親友として、幼馴染として、そして臣下として。

主が何をやらかそうと、フォローするつもりであった。

それは今までは上手く回っていた。


だが。


王子が見初めた、少女。

確かに、美しい。

夜会の時は気づかなかったが、着飾れば本当に美しい。

それを見抜いた主の審美眼は大したものだ。


だが……



箔をつける為にしても、やり過ぎだ。

娘の父親に公爵位。

親類縁者を要職につけ。

気づけば俺自身の立場すら危うい。


王家に相応しい格を与える為とは言え……ここまでやるか?


「ともかく、ご自重下さい。既に箔つけは十分でしょう」


「能力に相応しい地位を与えただけだ。むしろ、優秀な人材を大量に得て、我が国は盤石の体制になったと言っていい」


ファイン様がドヤ顔で言い放つ。


俺の直言も、主には届かない。

ここ数日で、有力貴族の失脚も多い……もっとも、これは不公正な人事という訳ではなく、単純に不正が発覚してのものであるから、仕方がないのであるが。

捏造とかではなく、本当に不正があって、それを見つけたのだから、モーライド殿──シルビア様の兄君──は、本当に優秀だと思う。


というか、他の無茶な人事の結果、あまり混乱は生じていない。

むしろ、そつなくこなしているようで、苦情はあまりないのだ。

そこもまた、強く言い辛いところで。


コンコン


執務室の扉が叩かれる。


「入れ」


ファインの言葉に、扉が開き。


「失礼致します」


入ってきたのは、シルビア様。


これは……


「これはこれは……我が城に妖精王が訪れたようだ。よし、今日の予定は全てキャンセルだ。今からデートに繰り出そう」


王子の職務放棄宣言。

まあ、どうせ仕事しないので、居ても居なくても問題ないのだけど。


気持ちは少しは分からないでもない。

確かに……可憐だ。

昨日の衣装も十分似合っていて美しかったが。

今日の衣装は、一層可愛らしく……正に、傾国の美女という言葉が相応しい。


「だ、駄目ですよ、ファイン様!お仕事はして下さい!」


「ふふん、シルビアよ。俺の頭脳など、この国は必要としていない。みんな優秀だからな」


王子が胸を張る。

まあ、下手に手を出されても困るからね。


「ぷー。私は、ファイン様の格好良い所が見たいです!」


「ふ……それならば仕方がない。少し本気を出してやるか。覚悟しておけ……何度も惚れ直させてやるからな」


余計な事を。

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