白銀の蝶〜僕が皇太子の婚約者ってどういう事ですか!?〜
赤里キツネ
第1話 出会い
>> ファイン
「殿下、候補は見つかりましたか?」
側近のアベルが尋ねる。
俺の誕生日パーティー。
誰かが勝手に流した噂……俺がこのパーティーで婚約者を選ぶという。
俺は決して、能力に恵まれた人物とは思われていない。
だが、第一王位継承者。
理由は単純、元王には俺しか子供がいないからだ。
もっと励めよ。
ともあれ。
極めて残念な事に、俺の后になるという事は、王妃の地位が確約されている訳で。
そして。
見渡す限りの、見目麗しい淑女達。
獲物を狙うような目で、俺を見ている。
剣の一振りであっさり消えるような、儚い存在。
「こう……いまいちぐっと来ないんだよな」
「この国の最高の淑女達が揃っているのですが……中には、本来は呼ばれないような下位の貴族も招待されていますが」
アベルはため息をつくと、
「殿下、少しお話してみては如何ですか?ローム宰相の娘、マリベル様であれば、知己でしょう」
「マリベルなあ……アベル、お前より弱いんじゃないかな」
「私より強いかどうかを基準にしないで頂けますか!?絶対に相手見つかりませんよね!」
5年連続剣術大会優勝。
その程度の実績で、よく大口を叩くものだ。
「良いか、アベル。そもそも、王妃とはだな」
俺は、アベルの肩を掴むと、こんこんと説き始める。
「殿下……御令嬢方が訝しげに」
「今は真剣な話をしている」
令嬢達に背中を向け、熱弁を振る──
カラン
金属音がホールに響き渡った。
--
>> アベル
殿下が、いつの間にか、令嬢の一人の前に行き。
その両手を強く掴んでいる!?
何しているんですか、あのお馬鹿様は!?
突然女性の身体に触れるなど、いくら王族と言えども、礼儀を欠いている。
「お嬢さん……素晴らしい。是非私と婚約して欲しい」
「ふぁ!?ぼ……私がですか!?」
ここにいる令嬢は、全てそれ目的の筈だが。
恐らく、かなり末端の貴族。
声がかかるとは思っていなかったのだろう。
完全に虚を突かれた顔をしている。
「ああ。貴方の在り方に惚れた。すぐに正式な手続きを取ろう」
「あの……ぼ……私の家は貧乏で……支度金の準備も……」
「王家から、あなたの家に支度金を出そう。また、ご家族に領地や地位を与え、重用する事を約束する」
「その……」
「無論、ご家族と良く話あってからで構わない。必要なだけ待つ。じっくりと決めて欲しい」
「あう……」
令嬢が、がっくりと肩を下ろす。
というか、何をやってるんだ、この馬鹿は!?
殿下と婚約した家を重用するのは、当然の事だが……それをこんな場で明言してどうする!?
「少し、お時間を下さい」
令嬢は、そう告げた。
静まり返る、会場。
広がる困惑。
その日の宴は、混乱のままに、流れるように終わった。
--
>> シルビア
侍従に案内され、皇太子の部屋へと向かう。
緊張で、手袋の中が、背中が、じっとり汗をかいている。
純白のふりふり可愛いドレス。
似合わない……。
これ……本当に貴族の令嬢に見えているの?
部屋に通され、皇太子に改めて挨拶。
そして侍従が去り、2人きりに。
「殿下、この度は身に余る光栄の申し出を頂き、恐悦至極に存じます」
「こちらこそ、突然の求婚を受けてくれて、嬉しいよ」
あの状況で断れる訳ないよね。
外堀埋める鮮やかさと迅速さ、異常だよね。
誰?
この皇太子が無能なドラ息子、出涸らし、国存続の最大の障害って言ったの。
直系が唯一いるせいで、他の門閥貴族の王朝に移行することもできず、養子も取れず、困ってるって言ってたよね。
馬で1週間かかる距離のホームに、あの騒動のすぐ後に単独で出現。
父上に根回しと利害調整。
大量の賄賂と、ファミリー達の重用。
有能じゃなくて、人外だよね。
慣れない笑みを絶やさず、皇太子を観察する。
「その呼び方だ、シルビア嬢。俺のことは、ファインと呼んでくれ」
呼び捨て。
無理。
「……ファイン様、でよろしいでしょうか?」
「ふむ……婚約者に対する令嬢っぽくて悪くないな」
ファイン様が頷く。
「して、シルビア。ふむ、呼び捨ての方がしっくりくるな。シルビア、君は、今日から俺の婚約者。将来の王妃が内定した、そんな立場だ。生まれ変わった気持ちで、これからの人生を歩んで欲しい」
そう。
今日から僕は、公爵令嬢。
気持ちを切り替えないと。
「ただ」
すと、ファイン様が、声のトーンを落とす。
「君が婚約者、というのは、無論偽装だ」
なるほど。
偽装、か。
平和的な理由であれば、虫除け。
他にも、不穏分子の洗い出し、本命を隠す為の隠れ蓑、理由は無限に考えられる。
「なるほど──可能であれば、お考えをお聞かせ願えますか?」
僕は、落ち着いた声音で、問う。
理由は、別に必須ではない。
ただ単に、降って湧いた縁談に浮かれた田舎令嬢。
それを装えば良いだけだ。
それは──容易い。
ただ、真の理由を知っていれば、こちらも対処がしやすくなる。
虫払いであれば、仲の良さをアピールすれば良い。
不穏分子の洗い出しであれば、周囲を刺激すれば良い。
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