第15話 冷たい しかし、ほんのり温かい
漫画のように古の葉を頭に乗っけて「おいでませ」と唱えると"迷い家"は直ぐに現れた。
まるで最初からそこあったかのように不自然さも感じさせずに。
「お蕎麦屋さんだ」
少女は、口を丸く開けて呟く。
現れた迷い家は、時代劇に現れるような古い佇まいの大きな暖簾の下がった日本家屋の蕎麦屋だった。
「迷い家は住んでる人のイメージでその姿を変えるみたいですからね」
チーズ先輩は、興味深げに迷い家を見る。
魔女の家系でも迷い家は中々に見れるものではないらしい。
「今の家主が求める家の形がこれなのでしょう」
引き戸が開き、暖簾が捲れ上がる。
現れたのは冷たい男の背丈を超えた熊のような体型をした2頭の狸だった。
「お父さん!お母さん!」
子狸が手提げ鞄から飛び出し、狸に飛びついた。
「お帰りなさい」
熊のような見かけからは想像も出来ないような優しく高い声で飛びついてきた子狸を抱きしめる。
どうやらこちらが母狸のようだ。
「帰りが遅いから心配してたんだぞ」
テノールのような低い声で子狸を怒るもその頭を柔らかく撫でるのは父狸だ。
その光景を3人は微笑ましく見ていた。
父狸は、子狸から手を離すと3人の方を向き直る。
「貴方がたは?」
父狸に聞かれ、冷たい男は事のあらましを説明する。
顔色こそ分からないが話しを聞いているうちに父狸と母狸の顔つきが変わっていくのが分かる。
そして最後まで話しを終えると大慌てで頭を何度も下げた。
「うちの娘が大変なご迷惑を!」
「古の葉を失くした上に魔女様に探してもらうなんて・・・」
いえ、魔女ではありません、とチーズ先輩が言うも聞いてない。
「対価は必ず娘にお支払いさせます!」
「毎年、年越し蕎麦を届けさせていただきます!」
父狸と母狸の平身低頭に舌を巻きつつも3人には1つの疑問が浮かんだ。
「娘?」
冷たい男が疑問を口に出す。
冷たい男の疑問符に今度は父狸と母狸が首を傾ける。
「はいっ娘ですが何か?」
子狸も冷たい男の意味が分からず、首を横に傾ける。
そう言われてみれば確かにこの子は一度も自分が男とも"僕"とも"俺"とも言ってない。
それに・・・。
「確かに付いて・・・」
少女が言おうといたのを冷たい男が慌てて制する。
「それでは娘を送っていただき、ありがとうございます」
「お礼とは別に今度、我が家の蕎麦をご馳走様させて頂きます」
「それではここで。失礼します」
そういうとたぬき親子は暖簾を潜り、引き戸の奥へと入った。
引き戸が閉まる間際、子狸が手を振っているのが見え、3人も笑顔で手を振り、さようならをした。
引き戸が閉まると同時に迷い家も消える。
静寂の闇が辺りを包むこむ。
「無事終わったな!」
冷たい男は、ぐっと伸びをする。
「本当、良かった」
少女も嬉しそうに言う。
「でも、楽しかったね」
「そうだな」
「また、会いたいね」
「学童行けば会えるさ」
「そうだね。今度、会ったらもう少し女の子らしい格好を教えないとね」
「そうだな」
そう言って2人は笑い合う。
チーズ先輩は、そんな2人のやり取りを横目で見ながらスマホを見る。
「チーズ先輩も今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
冷たい男と少女は、深々と頭を下げる。
「さっそく明日、カルボナーラを作りに行きますね」
「・・・チーズたっぷりでお願いします」
「はいっ!」
少女は、嬉しそうに返事する。
「それよりもお母さんから夕食を食べていかないかと連絡がありましたがいかがですか?」
さすが魔女。事が済んだのが分かって送ってきたのだ。
「今日はチーズと栗がたっぷりのグラタンとキッシュだそうです」
「どんだけ栗があるんですか?」
冷たい男が呆れたように言う。
「狩り過ぎました」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめるチーズ先輩。
「どうされますか?」
「「いただきます」」
息ぴったりに言って両手を合わせる。
3人は、街灯の弱い公道を並んで歩く。
少女は、隣を歩く冷たい男の横顔をチラリと見る。
『これ君の⁉︎』
傷だらけになりながら筆箱を持ってきてくれた男の子の顔と冷たい男の顔が重なる。
少女は、にこっと微笑んで手を伸ばすと、そっと手袋に包まれた冷たい男を握った。
冷たい男は、一瞬驚いた顔をするもそっと握り返した。
冷たい。
しかし、ほんのりと温かい。
夜空に浮かぶ月が優しく2人を照らし続けた。
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