第14話 困ってる人がいたら助けたい

「無くしたのはこの辺りですか?」

 チーズ先輩の問いに再び少女の手提げ鞄に入った子狸が自信なさげに頷く。

「多分、最後にポケットの中を確認したのがこの辺りだったの気がする」

 チーズ先輩と子狸、そして冷たい男と少女がいるのは日向小学校から数十メートル離れたところの公道である。昔は農道として使われ、農作物を積んだトラクターや田植え機などが入っていた砂利道だったが冷たい男たちが小学校に入学した頃にはしっかりと整備されて、自家用車や自転車等の往来も増えた。

 その為に登校下校する時はふざけることなく買えるように言っていたのだが・・・。

「つまり学童までの帰り道で友達とふざけて遊んでいる時に無くしたと・・・」

 切長の目を光らせてチーズ先輩は子狸を睨む。

 子狸は、手提げ鞄の中で小さくなる。

「これを教訓に今後はふざけずに真っ直ぐ帰りなさい」

 実習生とは思えない迫力に怒られていない冷たい男と少女「はいっ」と返事する。

 チーズ先輩は、腰に下げたポーチのチャックを開くと中からちいさな小瓶を取り出す。

 おおきな街のショッピングモールに入っている黄色い雑貨屋さんに売っているような某猫キャラの顔の形をしたピンクの小瓶だ。

 少女は、思わず目を細める。

「本当にチーズ先輩ってイメージのギャップが激しいですよね」

「それは貴方たちの勝手な妄想です」

 そう言いながら少し頬を赤らめるチーズ先輩に少女はバレないように小さく笑う。

 チーズ先輩は、某猫キャラの小瓶を冷たい男に差し出す。

 冷たい男は、小瓶を受け取る。

 小瓶の中には何も入っていなかった。

「この中には私の調合した薬品が入っています。本来は液体なのですがどうしても気体にしかならないのです」

「はあっ」

 冷たい男は、小瓶の中をじっと見る。

 確かによく見ると陽炎のようなモヤが見えるような

 ・・・。

「これを貴方に液体にして欲しいのです」

「なるほど」

 冷たい男は、納得すると手袋を口で咥えて外し、そっと指先を小瓶に付ける。

 小瓶の表面に一瞬で氷の膜が張り、中に液体が現れる。

「冷たいですよ」

 そう言って小瓶をチーズ先輩に返す。

 受け取ったチーズ先輩は、あまりの冷たさに身体を震わせ、表情を融解させるも、直ぐに引き締めて小瓶の蓋を開けて地面に置く。

 そして自らも跪き、口元に指を当てて何かを唱えた。

 小瓶の表面に張った氷が溶け、液体が溢れ出す。

 溢れ出た液体は、地面に流れることなく、スライムのように蠢いたかと思うとスライスチーズのように幾重にも枝分かれしていき、まるでイソギンチャクのように変化する。無数に分かれた液体の触手の先端は矢印のようになっていた。

「いけ!」

 チーズ先輩が言うと液体の触手は四方八方にその身体を伸ばす。公道を走り、木々の中に入り込み、下水の中に突っ込んでいく。

 その間もチーズ先輩は、ずっと何かを唱えていた。

 冷たい男と少女は、じっとその様子を見守っていた。

「ねえ、お姉ちゃん」

 子狸が少女に話しかける。

「なあに?」

 少女は、優しく微笑む。

「お姉ちゃんは何で自分を助けてくれるの?」

 質問の意味が分からず少女は怪訝な表情を浮かべる。

「貴方がお家に帰れなくて困ってたからよ?」

「でも、お姉ちゃんって普通の人間なんだよね?」

「・・まあ、普通かどうかは分からないけど人間よ?」

「自分達って御使なんて格好良く言ってるけど人間に言わせれば妖怪の類だよ?あのお姉さんとお兄さんならなんとなく分かるんだけどお姉ちゃんはなんで?」

 少女は、きょとんっとした。

 そんなこと考えてもいなかったという風に。

 少女は、うーんっと唸って必死に考える。困っているから手助けする以外のことって果たして何なのか・・・?

 そして少女は、一つのことを思いつく。いや、思い出す。

「私もね。貴方くらいの時に物を無くしたことがあるの。いや、正確に隠されたかな」

「えっ?」

 子狸は、丸い目を大きく開く、

「私ね。この町の葬儀会社の一人娘なの。町のみんなも学校の友達も大半の人はそんなこと気にしていなかったんだけど、中には気持ち悪いって言って虐めてくる子もいたのよ」

 その頃を思い出し少女は、悲しげに笑う。

「その時もちょうど学童に帰る時でね。まだ一年生だったから道に迷わないようにって緊張しながら歩いてたの。そのせいで気づかなかったのね。突然、ランドセル越しに蹴りを入れられて地面に転んだの。ランドセルの中身が勢いで飛び散ったの。見たらいつも揶揄ってきた男の子たちでね。私が痛みで呻いてる隙にお気に入りの筆箱を持って走って逃げてったのよ」

「ひどい」

 人間の姿に化けてきたらきっと泣きそうな表情を浮かべていたことだろう、子狸は苦しそうに言う。

「本当、子どもって無邪気よね。何が悪いかなんで分からないんだから」

 少女も苦笑する。

「急いで散らばった荷物をランドセルに詰め込んで私は苛めっ子たちを追いかけたわ。でもあいつら足が速くて捕まらなかったの。私は途方に暮れて地面に座り込んで泣いちゃったの」


 あの時は本当に辛かった。

 子どもだったから何が原因なのかも分からない。

 なぜ、自分がこんな目に合わないといけなあのかも分からない。

 立ち向かおうにも1人じゃ怖い。

 でも、助けを求めてまた虐められるのも怖い。


 どうしたらいいか分からない!


 小さな少女は、泣くことしか出来なかった。


 そんな少女に光りが差したのはその直後だった。


 これ君の?


「ある男の子がね。私の筆箱を持ってきてくれたの」

「えっ?」

「同じ学童の一年生の男の子だったの。顔や腕に擦り傷を作って一生懸命探して見つけてきてくれたの。」


 その時の彼の優しい笑顔を今でも覚えている。

 氷のように冷えた筆箱とは対照的なお日様のような温かい笑顔。

 私の暗くなった心を芯から温めてくれるような笑顔を。


「だからね。私もあの男の子のように困っている人がいたら助けられるような人間になりたいって思ったのよ」

 そう言ってにっこりと微笑む。

 子狸の大きな瞳が満月のように揺れる。

「その男の子は今はどうしてるの?」

 子狸に聞かれ、少女はチラリと冷たい男を見る。

 冷たい男は、座り込んで魔法に集中しているチーズ先輩を見守るように見ていた。

「元気にしてるよ」

 そう言ってにこりっと微笑む。


「見つかりました」


 チーズ先輩は、右手を真っ直ぐに伸ばす。

 液体の触手がメジャーのように素早く瓶の中に戻っていく。

 その内の一本が小さな葉っぱをくっつけていた。

 液体の触手は、チーズ先輩の手に葉っぱを持たせるとそのまま瓶の中へと入っていった。


 チーズ先輩は、手に収まった葉っぱを見て立ち上がると逆の手で汗を拭う。そして、ゆっくりとした足取りで少女の方に向かって歩いてくると手提げ鞄の中にいる子狸に葉っぱを、古の葉を渡す。

「もうふざけて無くしてはいけませんよ」

 子狸は、戻ってきた茶色い葉っぱをみて満面の笑みを浮かべ、「ありがとう先生!」と大きな声でお礼を言った。

「まだ早いです」

 チーズ先輩は、照れ臭そうに笑う。

 冷たい男と少女は、可笑しそうに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る