第13話 チーズ先輩
外観の西洋風な造りからは似つかわしくないお座敷に2人と1匹は通される。
新茶のような鮮やかな緑色の畳に大木を兜割して造られた漆塗りの黒いテーブル、床の間の掛け軸にはなぜかフランス王朝の貴婦人のようなドレスを着た女性が描かれており、その下には秋桜や金木犀、ダリア、月下美人が自由奔放に、しかし美しく生けられていた。
(まあ、この人は月下美人と言うよりは大和撫子だよな)
長い黒髪を丁寧に櫛とスプレーで肩まで流し、リボンの付いたブラウスと細身のデニムで身なりを整え、神業としか思えないメイクを施したチーズ先輩は、流水のせせらぎのような綺麗な動作で彼と少女、そして子狸の前にお茶とお茶請けを置いた。
少女には熱い焙じ茶を、冷たい男にはマグマのように茹だった焙じ茶を、子狸には冷たい麦茶を。そしてお茶請けは2人と1匹共に鮮やかな茶色に煮詰まれた栗の渋皮煮が置かれた。
そして自分の前にも焙じ茶と栗の渋皮煮を置く。
なぜか渋皮煮の上に大量のパルメザンチーズが掛かっている。
「これは先日、私が狩ってきたものを母が煮詰めてくれたものです。醤油ベースですがとても甘く仕上がってます」
先程の動揺なんてどこへやら努めて冷静に、柔らかくもきちっとした口調でチーズ先輩は言う。
口に出された文字の漢字なんて見れるはずがないのに妙に不思議な漢字に変換された気がする。
「先輩・・・買ってきたんですよね?」
少女は、恐る恐る訊く。
「ええっ狩ってきました」
少女の言葉の漢字など見えないチーズ先輩は平静に答える。
もう、この質問は止めよう、と少女は思った。
「それで私に何か用事でしょうか?」
無駄な話しはせず、用件だけをきっちり聞いてくる。
昔から変わらないな、と冷たい男は苦笑する。
「この子が古の葉っていうのを無くしてしまったというので一緒に探して欲しいんです」
そう言って無邪気に渋皮煮を頬張る子狸の頭を手袋越しに撫でる。
チーズ先輩の切長の目が細まる。
「古の葉ということは迷い家ですね?また、随分と大変なものを無くされましたね」
子狸は、渋皮煮を飲み込むとチーズ先輩の顔をじっと見る。
「お姉ちゃんも魔女なの?」
子狸の質問にチーズ先輩は、小さく首を振る。
「真似事は出来ますが魔女ではありません。しがない大学生です」
そう言って自分の分の焙じ茶を啜る。
「チーズ先輩は、小学校の先生を目指してるんだよ。確か今、君の小学校で実習してるはずだよ」
「・・・貴方は日向小学校の生徒なのですか?」
子狸は、小さく頷く。
「そうですか。何年生ですか?」
問題を答えを求める教師のような口調で言う。
その口調に子狸は、学校を思い出して小さく震えてしまう。
「一年生・・・」
子狸は、小さな声で言う。
「そうですか。私は四年生のクラスで実習をしています。その内お会いするかもしれませんね」
そう言って形の良い唇に笑みを浮かべる。
その笑顔に子狸と冷たい男の心と表情が温まる。
少女は、冷たい男の表情が和んだことを見逃さずに脇腹に肘鉄を入れた。
冷たい男は、小さく呻いて疼くまる。
「それにこの子。学童にも通ってるんですよ」
肘鉄のことなどなかったかのように少女は言う。
「それでは完璧な私たちの後輩たちと言うことですね」
チーズ先輩も学童出身者だった。
「それではなんとかしましょう」
居住まいを正してチーズ先輩は言うと少女の方を向く。
「貴方にはチーズたっぷりのカルボナーラを作ってもらいます」
「一食ですか?」
「いえ、今回の依頼だと1週間に一度を1ヶ月ほどでしょうか。中々難しい依頼なので」
「分かりました」
少女は、了承する。
子狸は、意味が分からず目を垂らす。
しかし、次の白羽の矢はその子狸だった。
「貴方は願いの主になるので少し大変です。貴方には1年程、私の使い魔になってもらいます」
「えっ?」
「使い魔といっても私は魔女ではないので危険な依頼はないので安心してください。基本は放課後に仕事をお願いしますし、学校や学童のイベントがある時はそちらを優先してください」
まるでバイトのシフトを説明する雇い主のような口調で言う。
子狸は、本当に意味が分からず口を半開きにする。
その様子に気づいた少女は、優しく子狸の頭を撫でる。
「魔女の報酬よ。願いを叶えてもらう対価」
「先輩は魔女じゃないからまだ安い方だよ。おばさんだったらそれこそ払い切れるかどうか・・・」
冷たい男は、思わず身体を震わせる。
そして最後にチーズ先輩の視線が冷たい男を見る。
「貴方から報酬は貰いません」
少女と子狸は驚く。
そう言われた当の冷たい男も驚く。
「その変わりに私の手伝いをしてもらいます。それ次第では2人の報酬も少し安くなると思います。いいですか?」
お願いしている割には有無を言わさぬ強い口調。
冷たい男は、思わず頷いた。
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