第11話 迷い家

 子狸が目を覚ますとそこは学童の施設だった。

 あれ?夢だったのかな?と寝ぼけ眼で首を回す、と。

「あっ目を覚ましたよ」

 少女が大きな目を輝かせて言う。

「本当だ。良かった・・」

 冷たい男は、ほっと旨を撫で下ろす。

 子狸は、ぼうっと2人の顔を眺め、そして大きな声で叫ぶ。

「ぎゃあああああ!」

 子狸は、身を翻し、部屋の隅っこへと走って逃げる。


 捕まってしまった・・・!

 このまま食べられるんだ・・・・!


 子狸は、ガタガタ身体を震わせる。


 しかし、冷たい男と少女は、きょとんっとした表情で首を傾げ、お互いの顔を見る。

「あんた何かしたの?」

「何もしてないよ。ただ捕まえる時にちょっと池を凍らせて・・・」

「それよ!びっくりしちゃってるじゃない」

 少女は、呆れ顔でため息を吐く。

 そして小狸の方を向くとにっこりと微笑む。

「そんな怖がらなくて平気よ。ここに貴方をいじめる人はいないわ」

「子ども達も帰ったし、ふーセンにはちゃんと家まで送ったっていってあるから平気だよ」

 冷たい男も柔らかく微笑む。

「話せるんだろ?」

 冷たい男がそう言うとこの子狸は、大きく目を開く。

「・・・ひどいことしない?」

 キーの高い声を震わせ、絞り出すように子狸は言う。そして怯えた上目で2人を見る。

 2人は、同時に頷く。

「・・・食べたりしない?」

 その発言に2人は口を丸くする。

「・・・どういう意味?」

 冷たい男が訊くと子狸は、びくっと身体を震わせる。

「だって・・・人間って狸食べるんでしょ?インスタントのお蕎麦にあるし・・・」

 2人の脳裏に緑のパッケージの有名なインスタント食品が浮かぶ。

 2人は、大声で笑う。

 子狸は、ビクッと身体を震わす。

「あれは天かすよ」

 少女は、目に涙を浮かべながら言う。

「狸のお肉なんて入ってないわ」

「出汁も普通の化学調味料だよ」

 冷たい男も喉を震わせて言う。

「だから安心して。誰も貴方に危害は加えないわ」

 優しい笑み。

 信用できる温かい笑み。

 子狸の身体から力が抜ける。

 緊張の線が切れた子狸は、そのままパタンッと床に伏せた。

 

「君は、化け狸だね?」

 冷たい男は、残ったバニラの液を全てアイスに変えると手袋をはめ直して子狸に渡す。

「はいっ」

 子狸は、狸の手のままに器用にカップとスプーンを受け取る。

「学童にはどうしていたの?」

「・・・学校に通うため」

「学校に?」

 チョコスプレーをたっぷりかけたバニラアイスを頬張りながら少女は、首を傾げる。

 子狸の話しによると彼の両親は、バケ狸の中でも開拓派らしく時代が刻一刻と動いていく中、バケ狸もただ化けて人を脅かしているだけでは駄目だと、一大発起し、人間社会に出て働き始めたそうだ。

「働いてるの⁉︎」

 少女は、思わず口に咥えたスプーンを落としそうになる。

「はいっこの町から少し離れたところにあるお蕎麦屋さんで」

 また、蕎麦か・・と冷たい男は、バニラの原液をシェイクのように飲みながら胸中で呟く。

「お父さん、昔からお蕎麦に興味があったみたいで毎日食べ歩いたり、インスタント食品買って来たりして研究してました」

 その中に緑のパッケージがあり、衝撃とともに人間は狸を食べるのだと思い、日々怯えていたらしい。

「ちなみにお母さんは?」

「一緒にお父さんと働いてます。カンカン娘らしいです」

「カンカン娘?」

 少女は、眉根を寄せる。

「看板娘じゃないか?」

 冷たい男がそう言うと少女は、スプーンを咥えたままポンっと手を叩く。

「2人は、人間社会で働いている内に人間の文明と文化の素晴らしさに感銘を受けて、自分にもそれを学んで欲しいと思って・・・」

「学校に通わせた訳か」

 子狸は、頷く。

「でも、2人とも仕事が忙しくて放課後は一緒に入れないからってことで学童に入ったんです」

 こういっちゃ何だがどこの家庭にでもある事情だ。

 我が家だって同じような事情だから学童に通っていた訳で・・・。

 

 しかし、それが狸家族に通用するとは・・・。


 世の中って本当に不思議だな。


 少女は、胸中で呟き、アイスを食べる。


「それじやあさっきのもいつバレやしないか怯えてたってこと?」

 そうだとしたら悪いことしたな、と冷たい男は頭を掻く。

 しかし、子狸は、頭をブンブン横に振る。

「いえ、変身にも大分慣れたので家に着くまでは保ってられます。歩いたり走ったりは4足の方が楽ですけど」

 なるほど、それで追いかけっこしてた時にあんなにヨタヨタしてたのか・・・。

 まあ、十分速かったけど。

「友達とも仲良くしてるし、むしろ楽しいです」

「それは良かった」

 OBとしては安心だ、と少女は喜ぶ。

「じゃあどうして落ち込んでたの?」

 子狸は、顔を俯かせる。

「"古の葉"を無くしちゃったんです」

「葉っぱを?」

 少女は、聞き返す。

「いえ、葉っぱには違いないんですけど、妖力のこもった特別なもので"迷い家まよいが"に入るために必要なものなんです」

「迷い家?」

 冷たい男は、眉を顰める。

「迷い家って柳田國男の遠野物語の?」

 

 訪れた者に富をもたらすと言う幻の家。


 ある日、ふきを取ろうと山を歩いていた男が立派な屋敷に迷い込んだ。ご飯が用意してしたあったり、風呂が沸いてたり、子どもの玩具が転がってたり等、ついさっきまで誰かがいたような形跡はあるのに誰もいない。男は、置いてあった見事な漆塗りのお椀を持って帰るとそこから米が無限に溢れてきたと言う・・・。


「それはあくまで伝承で実際には自分たちのような御使達の家なんです。人間が迷い込むとそこらにある家具とかに変身するのでいないと思うんだと思います」

 子狸は、そう言って口元に小さく可愛らしい笑みを浮かべる。

 その顔は、アニメに出てくるような動物擬人化キャラみたいで可愛くて少女は思わず抱きしめたい衝動に駆られた。

「そんなんだ」

 冷たい男は、関心するように頷く。

「じゃあ、その話しから察すると迷い家は君たち家族ってことなのかな?」

子狸は、頷く。

「今日は両親の帰りが遅いからって初めて古の葉を持たせてもらえたのに学童に着いたらどこにもなかったんです。探しに戻ったんですけど、風で飛んでしまったみたいでどこにもありませんでした。あれがないと帰れないんです。どうしたらいいんだろうと思って・・・」

 話しているうちに子狸は、自分の置かれた状況を思い出し、目を赤くして泣いてしまう。

「つまりお家に入る鍵を無くしてしまったのね」

 少女は、アイスの最後の一口を食べて小さく唸る。

 そしてカップを置くと子狸の小さな頭を撫でる。

「じゃあ、お姉ちゃんが一緒に探して上げる」

 子狸は、ばっと顔を上げる。

 人間とは明らかに違う顔なのにその表情が驚いているものと分かる。

「おいっそんな簡単に・・・」

「何よ。どうせあんたも探すつもりだったんでしょ?」

「まあ、そうだけど・・・」

 冷たい男は、図星を指されて口をモゴモゴさせる。

 少女は、満足そうに微笑む。

「でも、古の葉ってことは葉っぱだよね。どう探そうか?」

 少女は、探偵漫画のヒロインのように両腕を組んでうーんっと唸る。

「オレらじゃ葉っぱの見分けなんてつかないもんな。それこそ魔法でもないと・・・」

 冷たい男の頭に電気が走る。

 表情を電灯のように輝かせて少女を見る。

 少女も同じ事を考えたらしくキラキラした目で冷たい男を見る。

 子狸は、訳が分からず2人の顔を見比べる。

 2人は、一斉に答え合わせをする。

 

「「チーズ先輩!」」

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