第10話 追いかけっこ
説明が遅くなったが、学童の施設は町の大きな公園の中にあるコミュニティーハウスな併設されている。
元々は、小高い山だったものを町民につかいやすいように開拓された公園にはジョギングしている人やベンチでご飯を食べている人、子どもを連れた家族やペットの散歩をする人たちが多くいた。
そんな中で白いタンクトップ着たおかっぱ頭の子と青年男子の追いかけっこは、人の目を引いた。
バレた、バレた、バレた!
おかっぱ頭の子は、必死に走った。
両手をぶらぶらと振り回し、涎を垂らし、ヨタヨタとしながらも2本と足で必死に逃げた。
歩くのにはだいぶ慣れたけど走るとなるとやはり2本足ではまだ厳しい。何度も転びそうになる。でも、止まる訳にはいかない。元のように走る訳にはいかない。
「おーいっ待ってくれー」
後ろから男が追いかけてくる。
冷たい男と指導員たちから呼ばれている男だ。
彼は、アイスのカップを持ちながら、器用に、そしてかなりの速度で走ってくる。
彼が触ったものを凍らせた時は驚いたけど、特に何の力も感じなかった。
ちょっと変わった体質を持った普通の人間、ただそれだけと思っていた。だが、変わった体質を持っていると言う事はそれだけ常人と違う感覚が働くのかもしれない。
自分が人間じゃないと感じられるくらいには。
とにかく今は逃げないといけない。
捕まったら・・・食べられる!
おかっぱ頭の子の髪の間からぴょこんっと茶色い尖ったものが飛び出した。
(速いなあ)
あんなにヨタヨタなのに何でこんなに速いんだ?
それとも自分が遅いのだろうか?
確かにこの体質のせいで運動部には入れなかったけどそれなりに運動神経は良いと思っているし、筋トレやランニングもしてるのに・・・。
それとも捕まるまいと必死に走っているからだろうか?
君、人間じゃないだろう?
(あんなこと聞くんじゃなかったなあ)
何か困ってそうだな?と思って聞いてみただけだったのに。
まさか、怯えて逃げ出すとは思わなかった。
人外と触れ合い過ぎたなあ、と胸中で言い訳しつつも自分の浅はかさを猛省する。
(とりあえずあの子を捕まえないと・・・)
あんならパニクった状態で正体がバレたら大変だ!それに学童にも迷惑が掛かる。
そんなことを考えている間に最悪の事態が起きる。
おかっぱ頭の子の頭からぴょこんっと小さな三角形のものが2つ飛び出したのだ。
その茶色でモフモフとしたものは間違いなく・・。
(耳だ!)
彼は、思わず周りを見回す。
2人の追いかけっこに注目はしているもののおかっぱ頭の子の頭に生えたものには気づいていないようだ。
しかし、それも時間の問題だろう。
早く捕まえないと・・・。
焦る彼の視界にあるものが飛び込んできた。
池だ。
この公園には安らぎスポット兼子どもの遊び場として小さな人工池が設けられている。
大きな池ではないが普通の人が飛び越えられるような小さなものでもない。
しかし、おかっぱ頭の子は歩調を緩めることなく、池に向かって突き進んだ。
(飛び越えるの⁉︎)
あそこを越えられたらもう追いかけられない。
冷たい男は、焦って手を握り締める。
メキョッとした感触が手を伝わり、見るとおかっぱ頭の子に上げようと持っていたアイスだった。
ピンクのカップに入ったアイス、手袋越しに持っていたので中原溶けかけていた。
彼の頭に電気が走る。
彼は、口で手袋を脱ぐとその手をカップに添える。
手の表面に直で触れたカップは氷の膜を貼り、真っ白な霜を張って凍っていく。
彼は、それを池に向かって思い切り投げた。
おかっぱ頭の子の目の前に小さな池が広がる。
普通の人間には無理だけど自分なら飛び越えるのことができるくらいの大きさの池・・・。
おかっぱ頭の子の目が輝く。
ここを飛び越えれば体質以外は普通の人間の冷たい男も追いかけてこないはず。
おかっぱ頭の子は、両手を地面につけて4本足で走る。
変身こそ解いていないがやはりこっちの方が走りやすい。
おかっぱ頭の子は、最大限の助走をつけ、池の端に両手を叩きつけて一気に飛び上がった。
小さな身体が池の上を飛ぶ。
ドバンッという音が上がったのはその直後だった。
池の表面が激しく揺れ、水柱が上がる。
「ふえっ?」
おかっぱ頭の子は思わず間抜けな声を上げる。
跳ね上がった水柱がおかっぱ頭の頭の子を濡らし、そのまま凍りつく。
おかっぱ頭の子は、大きな腕を伸ばした氷の巨人に握られるような形でそのまま静止する。
何が起きたのか分からず頭の中で小さな火花が幾つも上がる。
「良かった、間に合った」
凍った池の上を滑らないように気をつけながら冷たい男が走ってくる。
どうやらこれは彼の仕業らしい。
「いやー、思いっきり凍らせたアイスのカップを池に投げたんだ。うまくいったらドライアイスみたいに周りを凍らせることが出来るかな?と思ったら予想以上だったよ」
照れたように言うが、正直、何に照れているのか分からない。
おかっぱ頭の子は、抜け出そうと何度も身体を捩るがびくともしない。
それに気づいて冷たい男の顔がそれこそ氷のように青ざめる。
「しまった。凍らせた後のこと考えてなかった」
漫画だったら間違いなくガーンという音が立つことだろう。
実際、おかっぱ頭の子の中で状況が整理できず、ついにオーバーヒートを起こしてしまった。
「あ・・・っ」
小さく呻き声を上げておかっぱ頭の子は気を失う。
ポンッとポップコーンが弾けるような音が響く。
それと同時におかっぱ頭の子の姿が消え、穴の空いた氷の柱だけが残る。
黒いものが柱から零れ落ちる。
彼は、慌てて手を伸ばして受け止める。
それは猫くらいの小さな子狸だった。
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