第32話 夢の未来

海斗さんを探し始めて5分ほど経った頃、俺が探していた西エリアで働いていたスタッフさんに聞いたところ、海斗さんの様な挙動不審の人物を数分前に近くで見たという証言を得て、それを俺は警備のバイトが始まる際に渡されていたインカムでウィリアムさんに伝えて、そのまま近くにいるスタッフさん達に片っ端から海斗さんの写真を見せながら聞いて周り、そこから海斗さんのいる場所を探って行った。


そんな時近くから何か大きなものが倒れたような大きな衝撃音が聞こえ俺は嫌な予感がし、すぐにその音がなった方へと走って向かった。



俺が走って向かった先の廊下では、複数人のスタッフが地面に倒されていて、その少し先で俺が探していた人物である海斗さんと、俺の同期である星野キラメの2人がそこまで綺麗とは言えない廊下で座り込んでいる様子が見てとれた。


ここからでは海斗さんの背中が邪魔をしてキラメの表情はよく見えないが、どう見ても喜んでいる様子でもないので、俺は息を整えながら少し早足でキラメの元へと向かおうとした瞬間、海斗さんの右手が大きく振り上げられたのを見て、俺は今いる自分の場所から海斗さんのいる場所までは20メートル以上はあろう廊下を自分でも驚く速度で駆け出して、その手がキラメに振り下ろされる前に受け止めることに成功した。


その事に自分でも少し驚きながらもキラメの方へと目線を移すと、そこには大粒の涙をボロボロと地面へとこぼす姿があった。


「ホムラぐん!!」

「おう」


俺はキラメのその姿を見てようやく今の現状を頭で理解出来たのか、海斗さん……いや海斗の野郎の振り上げていた右手を掴む手に力が入り、そのせいか海斗のクソ野郎はその腕の痛みからか、それともこの場から逃げ出すためか俺の右手を掴まれていない左手で掴んだ。


どうにか自分の右手を放させようとジタバタとその場で吊り上げられた魚のように無意味に暴れるのを、俺は海斗の野郎を掴んでいる右手に少し力を入れる事で無理やり鎮静化させた。


その際海斗の右腕からミシミシと少し骨の軋むような音が聞こえたが、俺はその音を聞こえた上で無視して、そのまま海斗の右腕を捻り上げて、海斗を無理矢理キラメから離し、そのまま俺は海斗の右手を捻り上げた状態で海斗とキラメの間を邪魔するように立った。


「痛で!痛ででででで!!は、離せよ!」


腕の痛みで顔を歪ませ、俺の拘束から抜け出そうと抵抗しながら海斗は文句を言うが、俺は海斗のその言葉を無視して顔を近づけて普段よりも声を低くして呟いた。


「海斗お前さ、バイト中になにしてんの?」

「あ…えっと……」


俺が海斗にそう当たり前の事を聞くと、海斗は先程までの威勢はどうしたのか、バイト中の時の様に俺と顔を合わせない様に顔を下に向けて急に吃り始めた。


「なぁ?聞いてんのか?おい、黙ってたらわかんねぇだろ?なぁ?お前はバイト中にここで一体何をやってたんだって聞いてんだよ」

「……」


俺がそういう風に海斗を攻め立てていると、前もって連絡をしていたウィリアムさんと、ウィリアムさんが呼んだであろう警備長の2人が小走りでこちらの方へと近づいてきた。


その後は黙り込んだ海斗を警備長に引き渡し俺とウィリアムさんの2人で、周りで倒れているスタッフさん達を壁に腰掛ける様に少し移動したりしていると、ウィリアムさんがこちらをチラチラと確認してきた。


「どうかしましたか?ウィリアムさん」

「いえその……その子はダレデスカ?」


そう言ってウィリアムさんが指さしたのは、俺が助けてからずっと俺の背中にピッタリと黙ってくっついているキラメだった。


「あっえっとコイツは……」


ヤバいどうする?流石にここでキラメの正体を話す訳にはいかないし、かと言って他のいい言い訳も思いつかないし、本当にどうするか……


そんな事を色々考えて1人あわあわとしていると、ちょうど俺の見ている先にとても見覚えのある2人が歩いているのを見つけることができた。


それは俺の同期の母出マミさんとついこの間大変迷惑をかけてきた御旅屋ノマドの2人だった。

2人はちょうど出番が終わったのか、体からは大量の汗が吹き出しており、その様子は遠目から見ても少し色っぽくもあった。


そんな2人を見て俺はキラメが身バレする前に2人に預けようと考え、ウィリアムさんにはスタッフさんにさっきあった事を説明してくると軽く説明してから、キラメの手を少し強めに握って2人の方へと早足でかけて行った。


そうして俺がキラメの手を引いて2人の方へと近づくと、まずマミさんが俺たちの存在に気づき、俺がこの場にいる事に驚いた様な表情をした後に、その後に俺に手を引かれた顔を下に向けて元気のないキラメを見て再度驚いた表情をした。


マミさんは今年で25歳で俺達一期生の中では最年長で、更には4姉妹の長女らしくそのせいもあってか、ユメノミライに入ってからはキラメやミリーに含め、後輩達も妹の様に大変可愛がっている。


特にキラメは今となってはみんなの頼れる先輩になっているが、ユメノミライに入った当時は何と言うか何をするにも誰かと一緒にと言う感じだった為、その感じがマミさんに特に刺さったらしく、当時は俺と一緒にキラメ介護セット(ティッシュにタオルや救急セットその他着替え一式等)を常に持ち歩いた。


そんなマミさんだからこそ今のキラメの様子を見て、キラメの身に何かがあった事をいち早く察することができたのだった。


それに比べてノマドの奴は、俺達が結構近くにいるのにも関わらず俺達には全く気付かず、どこから取り出したのかそこそこの大きさのシュークリームを取り出し、廊下のど真ん中を歩きながら口の周りに生クリームをつけながらむしゃむしゃと食べ始めた。


軍神ミリーという名前がデカデカと書かれた袋に入ったシュークリームを……


「どうしたのキラメちゃん!」


そう言ってマミさんは少し腰を落としてキラメと目線を合わせて聞いてきた。


そしてその声を聞いてようやく俺たちがいる事に気づいたノマドは、口に大きなシュークリームを含んだままブンブンと手を大きく左右に振りながら、モゴモゴと多分ホムラ先輩?と言っているのだと思う事を呟いた。


そんなノマドには適当に手を振りかえしておいて俺はマミに先ほどまであった事を軽く説明をした。


「なるほど……そんなことがあったのですね」

「ああ、俺があんな奴から少しでも目を離したせいでキラメが危険な目にあって……。それに俺がもう少し遅れていたらもしかしたら他のメンバーもアイツの被害に遭ってたかもしれない。それもユメノミライの初の大きなライブでだ……。今回はたまたまキラメが怪我をする前だったが、もし怪我なんかしてこのライブがめちゃくちゃになったらって考えると、俺は……俺は…………」


俺がそう言いながらマミさんに話していると、背中を誰かにギュッと強く引かれ、そのことが気になり俺が振り返るとそこには先ほどまでとは少し違い、プルプルと小刻みに肩を振るわせながら俺の服を強く握っているキラメの姿があった。


もしかしたら先ほどの話で襲われた時のことを思い出して怖がっているのかと1人心配していると、バッと勢いよくキラメは顔を上げすごく小さな声で何かを呟いた。


「……う…………から……」

「ん?」


キラメの声が小さく何を言っているかよく聞こえなかった俺は、キラメの声をしっかりと聞き取るためにキラメの方へと耳を傾けた途端キラメは、先程とは比べ物にならない声量で叫んだ。


「違うから!」


何が?そう俺が思ったのを察したのかキラメは少し慌てながら説明を始めた。


「あ、えっと……だからその今回のライブの事なんだけど。もちろんホムラくんの言う様にユメノミライとしての初めての大型ライブで、今日の為に私もマミさんもミリーちゃんもノマドちゃんにカネコちゃんもライブを成功させる為にみんながいっぱいいっぱい努力してきたけど……、それでも私はこれをユメノミライのライブとしてはどうしても思えないの。だってこのライブにはホムラくんがいないんだもん!」

「……キラメ」

「それに、他にもクラゲちゃん達三期生も含んだ全員……いや、その先の四期生や五期生も含めたライブをしてこそユメノミライだと思うの!」


そう宣言する頃にはキラメの表情に先ほどまでの怯えていた頃の面影は一切なく、その表情にはこれから先のキラメにとっての夢の未来を成し遂げる為の決意に満ちていた。


「そうか……それは最高だな!」

「でしょ!」


そう言ったキラメの表情は最高に眩しいほどに輝いていた。


その後は元気になったキラメをマミさんとノマドに預けて俺は、自分の仕事をするためにウィリアムさんの元へと戻ろうとした時、最後にキラメに声をかけられた。


「ホムラくん!」

「どうした?」

「ライブしっかりと最後まで見ていってね!」


そう言ったキラメの顔は過去にドッキリ動画を撮った時と同じ顔をしており、俺はその顔を見てキラメがこのライブ中に何かをやる事を確信し、それに応える様に俺も笑顔でキラメに返した。


「おう、もちろん!楽しみにしてるぞ!」


そうして俺達はお互いに背中を向けて己が進む道を歩き始めた。

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