第31話 居なくなったバイト

「あれ?海斗さんは?」


俺が客の様子を見て周り、楽しんでいるところ申し訳ないのだが流石にウィリアムさんにもそろそろ仕事をしようと話に行こうと向かった途中、ライブが始まった時に海斗さんが座り込んでいた場所に海斗さんの姿が無かった。


初めはトイレにでもいったのか?とも考えたが、何か嫌な予感がした俺は、無線で海斗さんに連絡を取ってみたのだが、その通信には一切返事が返って来なかった。


流石にこれは本格的にまずいと思った俺は、急いでウィリアムさんの元へと向かうと、ウィリアムさんに海斗さんがいなくなった事を伝えた。


「本当デスか?夏さん。海斗さんの事だからどこかでサボってるとか、トイレとかじゃないデスか?」

「俺も初めはそう考えて、海斗さんに連絡をしてみたのだが一切連絡が帰って来なくて、それでちょっと嫌な予感がしてな」


俺が少し深刻そうな顔をしてそういうと、ウィリアムさんはすぐに俺と同じ考えに至ったのか、静かに頭を抱えながらOh my godっと呟き、その後ボソボソと英語で呪詛の様な言葉を早口で呟き始めた。


俺はそんな少し興奮しているウィリアムさんの肩に手を乗せて、ウィリアムさんを少し落ち着かせた。


「そういう訳だから俺は海斗さんを探しに行こうと思うんだ」

「ohそうなんですか!でも夏さん勝手に動いていいんですか?」


ウィリアムさんの言った通り俺は今日客としてではなく、警備のバイトとしてこの会場に来ている。

そのため無断で移動するのはいけない事だろう。


だからこそ俺は海斗さんが居なくなってすぐに警備長に報告をして探しに行きたいことを伝え、その際に警備長にバイトが問題を起こしたら誰が責任を取るのかを聞いてみたところ、是非とも探して欲しいと言われた事をウィリアムさんに説明した。


「と言う訳だから俺は海斗さんを探してくるよ」


俺がそう言ってこの場を後にしようと、ウィリアムさんに背を向けると、それと同時に肩を叩かれながらウィリアムさんに呼び止められた。


「夏さん!」

「ん?どうかしましたかウィリアムさん」

「私も海斗さんを探すの手伝いたいデス!」

「いいんですか?」


ウィリアムさんは俺と同様にライブを生で見たいが為にわざわざこのバイトを探し出して、こっそりと会場に参加して、更には今はちょうどウィリアムさんの推しの金城カネコがソロで歌っているところだった。


だからこそ俺は本当に手伝ってくれるのか?と思い聞いてみたところ、ウィリアムさんは親指をグッと立ててすごく良い笑顔を返してくれた。


という訳で俺達は、俺が西エリアウィリアムさんが東エリアに別れてスタックや他の警備の人に海斗さんの写真を見せて探し始めた。



「みんなありがとう!」


歌を歌い終えたキラメはお客さん達に手を振りながら舞台袖に移動し、次に歌う予定の同じ一期生で最年長の母出マミとユメノミライの問題児のノマドの2人とハイタッチをして、休憩の為に1人一部屋与えられた控え室へと移動した。


ライブが始まってから1時間半程ライブの3分の2が終わって、中盤特に出番が多かったキラメはそのせいで疲労が溜まっており、控え室に着くと汗を軽くタオルで拭くと水分補給をして、椅子を複数個横に並べるとその上に寝転がり、水で軽く濡らしたタオルを目元に当てて目を瞑った。


それから少し経った頃、控え室の外が少し騒がしくなり、何か問題でも起きたのか気になったキラメは、タオルを顔から取り少し髪の毛などを整えると、扉を少し開きその間から顔をひょこりと出して周りをキョロキョロと見回した。


するとここから少し離れたところでスタッフさんが何人か固まって、こちらからはちょうどスタッフさんと重なって判別はつかないが、誰かと話し合っている様子が見てとれた。


何かあったのかな?


そう考えたキラメは控え室から出ると、そのスタッフさん達の方へと移動してスタッフの1人に話しかけた。


「あのどうかしたんですか?」


キラメに話しかけられたスタッフが、話しかけられた事でキラメの存在に気づき、何かを話しはじめようとした瞬間、ちょうどスタッフの陰に隠れて見えなかった子豚のように丸々とした体型をした、あまり自分の見た目を気にしていないのか、髪が汗のせいか若干ギトギトしている警備員の格好をした男が周りにいたスタッフを突き飛ばして、キラメの方へとゆっくりと向かって来た。


「キラメちゃん見ーつけたぁ!」

「ひっ!」


見知らぬそれも自分よりも一回りも大きな男にいきなり襲われそうになったキラメは、その恐怖から足がすくみその場にちょこんと座り込んでしまった。


キラメに話しかけられていたスタッフはすぐにキラメを守るように警備服を着た男とキラメの間に入るが、男に突き飛ばされてそのまま頭を壁にぶつけて気を失ってしまった。


「どうして逃げるのキラメちゃん?僕だよ!忘れたの?いつもスパチャしてるじゃん!ねぇ、わかるでしょ?ねぇ?ねぇ!」

「……」

「は?何?分かんないの?そんな訳ないよね?僕キラメちゃんにひゃ100万円も貢いだんだよ?」

「……」


体を小刻みに震わせながら助けを呼ぼうとしても恐怖のせいか上手く口が回らず、あ……う……などと力ない言葉を漏らすキラメの肩をがっしりと両手で掴み、キラメを無理矢理前後に力強く揺らしながら耳元で唾を飛ばす勢いで警備服を着込んだ男がそう叫ぶと、キラメの目からスゥーッと一滴の涙がこぼれ落ちた。


「なぁ!早く答えろよ!」


そう言って警備服を着た男は右手を大きく振りかぶってきた。


その瞬間キラメは恐怖で目をギュッと瞑った。


誰か助けて!




……そうキラメが心の中で助けを求めてからいくら待てどもキラメの元にその衝撃は訪れることはなかった。


意を決してキラメがゆっくりと目を開くとそこには、右手をおおきく振りかぶっている状態の警備服を着た不審者の男と、その右手を片手で止めているもう1人の警備服を着込んだ男の2人がいた。


そこでようやくキラメ先程の恐怖心とは違い、安心感から大粒の涙をボロボロとこぼしながら声を発した。


「ホムラぐん!!」

「おう」

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