第9話:怪物とミミック


 いつもより少しだけ賑やかな食卓。

 リサは俺を放って兄フロラドに夢中である。


(ぐぬぬぬぬ)


 久しぶりの家族との再会だから仕方ないが、それだけではない。

 リサにとって兄は憧れの冒険者であり、世界を見たいという夢を抱かせた張本人であった。


 そしてフロラドのパートナーは準一級精霊グリフォン、紛れもなく上級精霊だ。


「すごく綺麗な毛並みですね!」

「……」

「すごく立派な翼ですね!」

「……」

(き、気まずい)


 グリフォンはチラリとこちらを見てはいるが返事はない。

 人見知りなのか、単純に低級精霊と会話する気がないのか。 後者の方が可能性が高そうだ。


「ああ、ごめんごめん。 フィー喋っていいよ」


 フロラド兄が笑って言うと、グリフォンは人間臭い仕草でため息を吐いた。


「はあ、気まずかった~。 無視してごめんさい。 今のパートナーにはフィーなんて呼ばれてるわ。 よろしくね」


 グリフィは厳つい見た目と反してとても親しみやすい性格のようだ。


「私、人前では喋らないでほしいって言われてるの。 酷いわよね?」

「だってせっかくの威厳が台無しじゃないか」

「乙女に威厳だなんて失礼じゃない?」

「ごめんごめん」


 グリフィには悪いが確かに喋るとイメージがだいぶ壊れる。


(ていうか女の子なんだ……)


 見た目じゃ分からないものだ。 動物みたいにグリフォンの股間を確認する勇気はないし。

 余計なことを言わなくて本当に良かった。


「そうだ。 フロラドからあなたに伝言よ」


『後で二人で話がしたい。 部屋に来てほしい』


「な、なんで?」

「さあ? まあ危害を加えるなんてことはないから安心しなさい。 仮にそうなったら私はあなたの味方をするわ」


 行くのは怖い。

 フロラドがどんな人間か分からないから。


 だけど、


(これはチャンスかもしれない)


 俺の世界は精霊界の友人とリサのみだ。

 彼は俺の知らない世界を知っている。 俺はもっと世界を知らなければならない。


 これから強くなるために。

 リサと胸を張って歩けるように。


「分かった。 行く、と伝えて」

「ふーん、即答なのね」


 見てもいない悪夢に怯えている暇はないから。



「来てくれてありがとう」


 恐る恐る部屋を訪ねると、フロラドは思いの外朗らかに迎えてくれた。


「リサには何て言い訳したんだい?」

「男同士の話をしてくる!って言ってきたよ」

「あはは、リサの困った顔が思い浮かぶ」


 彼は楽しげな様子から一変、真面目顔になった。


「僕にとってリサは目に入れても痛くないくらい大切な妹なんだ」


「君はリサのことをどう思ってる?」


「ただの魔力量が多い人間?」


「もしもそれだけの寄生虫なら駆除しなきゃならない」


「これは脅しだよ」


 俺はフロラドの言葉に息を呑んだ。



「別の精霊と契約をし直す方法を僕は知っている」



 フロラドは懐からナイフを取り出して言った。


「君はリサとどんな物語を紡ぐんだい?」


 俺は知らないだけで、そんな方法が本当にあるのだろうか。 横目でフィーを見るが静観するらしく庇うような動きはない。


 フロラドがどんな答えを求めているかは分からない。 何がリサにとって最善かも俺には分からないけど、答えは決まっている。


「一緒に色んな景色を見て、一緒に笑って、一緒に傷ついて、一緒に戦いたい」


「俺は武器じゃなくて、相棒になりたい」


 フロラドは立ち上がって、


「試してごめん!!!」


 勢いよく頭を下げた。

 フィーの尾っぽが強かに彼の後頭部を叩いた。


「いったいなあ」

「あんたがしょーもないことするのがいけないのよ。 殺気がなかったから黙ってたけど」

「はあ~、どっと疲れたよ」

「ごめんごめん」


 フロラドは「あ、ちなみに精霊をどうにかできるってのは出任せだから!」と言って悪気もなく笑う。


「殺されるかと思ったよ!」

「そんなこと普通はできないよ。 顕現できなくて強制的に精霊界に返されるだけさ」

「お詫びにこいつがなんでも言うこと聞くわよ」

「あー、まあできる範囲ならいいよ」


 フィーのすごくありがたい提案に俺は少し考えて、


「じゃあ外の世界のこと色々教えてよ」


「それと料理したいから食材買って」


「そんなことでいいの?」フロラドは目を点にして了承した。


 異世界の食事は美味しいが、たまには前世の味が恋しくなっていた。 身内にするお願いとしては丁度いいだろう。


 さて何を作ろうか、と俺は先程までの緊張感とは打って変わって心踊らせるのだった。




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