第7話:風が鳴いて、火は灯る
拳を突き出す。 繰り返す。
湧きだす不安を振り切るように、無心で拳を突く。
身体的な疲労はない。
精霊は魔力で動いている。 故に魔力で満たされる精霊界において、俺は休むことなく動き続けることができるのだ。
強くなりたい。
曖昧ではなく明確な願いだ。
(自分に負けるな)
これは自分との戦いだ。
ここで諦めて、一生リサに悲しそうな笑顔を向けられるのか。
堂々と彼女の横を歩けるか。
(俺は君ともっと話がしたいよ。 色んな所に行って、どんな困難も一緒に乗り越えて生きたいから)
(君が泣くのをただ見ているだけなのは)
(もう嫌なんだッッッッ)
「そこまで」
爺さんが俺の拳を受け止めた。
「やってみよ」
俺は言われるがまま、拳を突く。
「風が鳴った……あれ、声?」
「よくやった。 まずは第一段階成長したな」
生まれたての精霊は力が弱いため様々な制限がある。
声が出ない、能力が使えないなど。 特に低級は元のポテンシャルが低すぎて、喋れないままであることが多い。
しかし元の能力が低くても、成長速度が遅くとも、鍛えれば力は蓄積される。
これは俺が初めて成長を実感した瞬間だった。
「や、やったあああああああ」
低級の俺だって強くなれる、先の見えない暗闇に光が差した。
「おあひょう」
寝起きのリサはそう言って、再び布団を被った。
学校に登校し始めてから彼女は寝起きが悪くなった。
行きたくないのがよく分かる。 しかし真面目な彼女はなんだかんだ一度もサボったことはないのだけれど。
いつもなら俺が彼女の寝顔を眺めているうちに、母親が起こしに来てという感じだが今日は違う。
「おはようリサ。 早く起きないとまたお母さんにどやされるよ?」
「へ?」跳ねるように体を起こした彼女は部屋を見渡した。
「おはようリサ」
「ミクがしゃべった……???」
彼女は瞬きもせず俺を凝視した。
「うん、色々あって喋れるようになったんだ。 これからは俺が側にいるから。 大丈夫」
「うあっ、なんで急に、そん、な、こと」
リサの瞳からこぼれるように涙が流れていく。
けれどそれを止める必要はない。
「ずっと思ってたよ。 今、ようやく言えるようになったんだ」
「う、く、ぐす。 あ、りがどう」
強くなって、頑張って良かったと心から思った。
(もっともっと強くなるから)
強くなってもまだ喋れるだけの低級精霊でしかない。
まだまだ彼女には悔しい想いも、悲しい想いもさせるだろう。 俺だって劣等感で逃げたくなる時もあるだろう。
だけどやるって決めたから。
後悔したくないから。
(君と胸を張って堂々と歩けるようになるまで、少しだけ待ってて)
俺は彼女の背中に寄り添いながら、心の中で誓いを新たにした。
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