第5話:魔女とペットな精霊


 少女リサのパートナー精霊となって数日が経った。


「おはよう、ミク」


 人間界での俺の1日はリサの挨拶から始まる。

 俺はミミックだからミクという安直な愛称で呼ばれている。


(おはよう)

「ミクは元気で可愛いねえ」


 俺はまだ生まれたての低級精霊のためか喋ることができない。

 精霊は力を増せば人語を話すことも、姿を変えることもできるらしいが俺には縁遠い話である。


 リサは朝食をとると、勉強の時間だ。

 今は長期休みのため、学校はなく家で自習である。


 なんとリサは学ぶことが好きらしく俺が見ている限りでは欠かさず机に向かっている。


 そして俺はその様子をぼーっと見たり、横で変な動きをして気を引いてみたり、家の中を探検したりしている。

 そうしているうちにもリサは魔力を消費し続けている。 リサは他の人間よりも魔力量が多いらしく、魔女と呼ばれ周囲に期待らしい。


「私は魔力だけはあるから」


「私が強くなるから」


「私がミクの分まで強くなるから」


「だから大丈夫」


 リサは時々そんな風に言って、俺を撫でた。


 頼もしいやら、自分が情けないやら複雑な気分になる。 甘えと分かっていても安心してしまうのは確かだった。


 リサの魔法を見て驚いたり、異世界の食事を食べて前世が恋しくなったり、穏やかな日々を過ごした。


(なんて快適なんだ)


 そう思うと同時に、なんか思ってたのと違うとも思う。 もちろん良い意味でだ。


 精霊にとって召喚されることは戦うことを意味している。


 時には意味もなく召喚されることもあるだろうが、これじゃあまるでパートナーというよりペットだ。


 俺は彼女と契約してから数日経ったが、一度として戦闘をさせられていない。


(俺みたいな低級には端から期待してない、よね)


 しかし彼女がネガティブな感情を抱いている様子はない。 いつも笑顔だ。


(なあ、そこんとこどうなのよ)

「ん? なあに?」


 身振りで対話を試みるが彼女は「変な踊り」と言って可笑しそうに笑うだけだった。






 いつものように朝食を済ませると、リサが俺を見つめて申し訳なさそうに言った。


「お休みが終わって今日から学校なんだけど、もしかしたら少し嫌な目に合うと思う」

(それは俺が低級だからかな?)

「だからその間は帰ってもいいよ?」

(慣れてます。 外の世界が見たいです)


 俺は首を振って付いていくと伝える。

 彼女は控えめに笑って「ありがと」と言って俺を抱えた。






 今日は俺にとって初めての登校日。

 俺はリサに抱えられ、新鮮な外の景色を呑気に眺める。


 着いたのは石造りの建物。

 屋敷というには小さく、片田舎の家というにはしっかりとした造りに見えた。


「ここが学校だよ。 村長家の二階が教室なんだ」


 そう言ってリサは建物へ入っていく。

 足取りは重い。





 教室には15人ほどの生徒がいた。

 休み明けの教室の雰囲気は浮かれているようで、俺は前世の学生時代を思いだし少しだけノスタルジーな気分だ。


 するとこちらに気づいた生徒が一人。

 リサに言った。


「残念だったなあ、ミミックなんて」

「別に」


 生徒の口調は完全に煽っているようではないけれど、デリカシーはない。

 リサの素っ気ない返事に生徒は口をへの字にした。


「もう冒険者はできないし、商人にでもなるしかないんじゃないか?」

「私が強くなれば問題ないから。 ほっといて」


 少し教室に気まずい空気が流れた。




 そして今日は精霊について、職業選択についての座学があり、さっそく戦闘訓練に入るそうだ。


 俺はリサと並び、相手と対峙する。


「ミクどうする? 怖かったら下がってていいよ」

(やるだけやったらあ!)


 俺はやけくそな気分で力こぶをつくってみせる。


 相手は少年とラビット系の精霊。

 感じる魔力的には俺より少し上位だろうか。


「始め!!」


 戦いはすぐに終わった。


 リサの制止も聞かず、突っ込んでいった俺はラビットの角につつかれまくった。


「ミクっ、ごめんね、ごめんね」


 悪いのは俺なのに。

 リサはボロボロになった俺を抱き締めて泣きながら謝った。


(リサは悪くないよ。 こっちこそごめん)


 しかし俺の言葉は届かない。


 どうして俺は喋れないんだ。


 どうして俺はこんなにも弱いんだ。


 俺の学校デビューは最悪の形で終わった。


 


 そして家に帰ってからもリサは謝り、泣いて、自分を責め続けた。


(ごめんな)


 何の役にも立たず、彼女を傷つけることしかできない俺に対価をもらって召喚し続ける資格はないだろう。


 その日から俺は外で召喚されることはなくなった。


 そして彼女の泣く姿を頻繁に見るようになるのであった。

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