第3話:転機

(もうやってられるかこんなこと!!)


 結果から言うと俺は逃げ出した。


 拳を突き出すこと数千か数万回か。 とにかく気が狂うほど同じことを繰り返した。

 その間指導なんてものはなく、会話もなく、爺さんは出来たら呼べといってどこかへ行ってしまった。


 これに何の意味があるのか分からない不安、全く上達の見えてこないことへの虚しさに俺は耐えきれなかった。

 元々退屈を紛らわすため、魔法とかできたら楽しそうなどと安易な目的から始まったモチベーションでやり切れる鍛錬じゃない。


(爺さんに何も言ってないけど、追って来たりしないよな?)


 去る者追わずとは聞いていたものの、しばらくは広場の陰で目立たぬように過ごすことにした。


 そしてようやく安心した俺は再び退屈に悩むことになる。


(どうしようか……ん?)


――聞こえますか


 その時、どこからか声が聞えてきた。


――誰か、お願い、答えて


 かすかに聞こえる声には精霊とは明確に違う魔力を感じた。


(人間!? これってまさか契約魔法?)


 契約の選択権は精霊にある。

 人間は契約する精霊を選べない。

 強い精霊と契約できれば人生はバラ色。 低級なんかと、ミミックなんかと契約が成立してしまえば最悪である。


 故にいくら暇だからといって、興味本位で契約するべきではないだろう。

 低級の精霊と契約してしまった可哀そうな子を生んではならない。


(上級と契約できるといいね)


 俺は顔も知らない誰かに言って、このことは忘れることにした。


 それなのに


――誰か


 いつまでも声は響く


――お願い


 他の精霊には聞こえていないのだろうか?


――苦しい、もうやめたい、諦めたくない


(なあ! 誰にも聞こえていないのか!?)


 精霊から返ってきた答えは単純だった。


「聞えているさ。 ただ誰も契約したくないだけだよ」


(どうして!?)


「魔力は弱弱しいし、味もイマイチ。 精霊にも当たり外れがあるように、人間にもあるのさ」


(……このままだとこの子はどうなる?)


「死ぬ」


 人間界ではいくつかになると部屋に籠って精霊と契約するために祈り続けるらしい。 その間、食事も睡眠も取れない。


 稀に契約できない人間もいるそうだ。

 しかし中にはどうしても諦めきれず、そのまま祈り続けて亡くなってしまうケースもあるらしい。


(誰か)


――誰か


(いないのか)


――おね、がい


(ごめんな)


 その日、久しぶりに精霊界が静かになった。

 そしてとある精霊の姿も消えていた。

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