第2話:精霊世界のカースト

「俺様は六級種族ドラゴンの系譜だ」


 蜥蜴は偉そうにふんぞり返って言った。


(は、はあ)


「ふん、まだ喋れもしない低級が。 あんまり調子に乗るなよ!」


 なんだかすごく馬鹿にされていることは分かるが、知らないことが多すぎて腹が立ちきれなく困った。


「お前ちゃんと聞いてるのか?!」

「新しい子にそんな言い方しても分からないって」


 すると今度は横からふわりと緑色の人型が現れた。


「そもそも級数なんて人間の考えた尺度なんて、ここでは無意味じゃないの?」

「げ、シルフ」


 蜥蜴は「覚えとけよ」と三下な捨て台詞を吐いて、ノシノシと歩いて行った。


 シルフと呼ばれた緑の人は苦笑いして


「いきなり面倒なやつに絡まれちゃったね。 ここには色々なやつがいるからさ」


(いや、大丈夫だけど。 ところで種族とか級数って?)


「じゃあその辺詳しく教えるよ。 ホントは導き手の役目なはずなんだけど、あの人結構適当だからなあ」


 これ幸いと緑の人シルフに話を聞いた。


 この世界は精霊界。 豊かな森が広がり、魔力で満たされた精霊だけが住まう世界で、人間は一人もいないらしい。


 ここには国も法律も戦争も義務もない。

 一見平和に思えるが、精霊は人間と契約という形で関わっている。 そして人間たちは彼らの尺度で精霊の序列を決めているらしく、それが級数。


 本来なら精霊界に序列なんて必要ない。 しかし少なくない数の精霊が人間と契約するため、精霊界でもその序列を以て優劣が浸透しつつあるという。


 そして俺の種族は序列最下位の十級。


「見てごらん」


 シルフに促され俺は水溜まりを覗き込んだ。


 そこに映っていた姿はーー


「まあ精霊も頑張れば成長できるから!」


ーー段ボールに手足の生えた奇妙な姿だった。







 十級種族ミミックの特徴は体の中に物を収納できることだ。

 戦闘には向いておらず、しいていえば盾に使えるくらいか。


 人間界にはアイテムボックスという魔道具があるため、この精霊はハズレとして嫌煙されている。


(まあ、いいか)


 しかしハズレというのは人間たちの話であり、関わらないのであれば関係ない。


(俺はここで穏やかに暮らそう)


 そんな風に思っていた。





 精霊として誕生してからどれくらい経っただろう。

 ここには時計もカレンダーもない。

 日が昇ることもないため、全く時間の感覚がないのだ。


 やることといえば精霊たちとお喋りするか、散歩をするくらい。


 しかし十級種族のため他の精霊に邪険にされることも多かった。


「暇すぎる」


 前世で人間だった俺はダラダラするのが好きだった。 学校に行かず、働かず、永遠に緩慢な時を過ごしたいと願っていたように思う。


 しかしここには時間を潰す娯楽が無さすぎる。


 退屈に耐えられなくなった俺は低級仲間の精霊に尋ねた。


(なあ、撲爺ぼくじいさんってどこにいるか知ってる?)

(知ってるけど、どうしたの?)

(いやあ、最近運動不足だし鍛えようと思ってさ)

(もしかして強くなろうとしてる? 十級の君が? そんなことしても意味ないからやめときなよ)

(まあどうせ暇だしさ)

(ふーん)


 低級精霊たちは負け犬根性が染みついてしまっているのか卑屈な奴が多い。

 低級と上級には努力では覆せないほど隔絶したスペックの差があるらしいが、試してみないと俺は納得できなかった。


 何よりファンタジーな世界にせっかく転生したのだから、異世界らしいことをしてみたかった。


(魔法とか使えるようになれたらいいな)


 俺は淡い期待を抱いて教えてもらった場所へと向かった。


 撲爺さんは広場から離れた場所でいつも鍛錬を行っているらしく、居場所は近くまで行けば分かるとのこと。





 ドーン、ドーン、どががが。


 向かう先から聞こえてくる工事現場のような騒音。

 確かにこれはすぐわかる。 それと同時に帰りたくなった。 


(あのー)


 恐る恐る声を掛けると、音がぴたりと止んだ。


 精霊として生まれたばかりだから俺は未だに声を出すことが出来ない。

 しかし思念によって精霊同士ならば不便はない。 今は。


「強くなりたいか」


(この爺さんいつのまに!?)


 目の前に突然現れた胴着を着た老人が睨みつけるようにして問う。


(つ、強くなりたいです!)


「ほう、低級のそれも戦闘に向かぬミミックが? 何のために?」


(馬鹿にしてきたやつを見返したいんです!)


「良かろう。 来るもの拒まず、去る者は追わぬ」


(よろしくお願いします)


「ああ、ではさっそく始めよう」


 爺さんは腰を落として真っすぐに風を切って拳を突き出し言った。


「まずはこれを出来るようになってもらう」


(何回やればいいですか?)


 俺が尋ねると爺さんは不思議そうな顔で、当たり前みたいに言った。


「出来るまでに決まっているだろう」

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