第20話 「人族」
俺は砂漠から目を逸らすように魔族国の北部を旅した。
街々を、村々を回り、魔獣を仕留めて人々から感謝される。
幸か不幸かやれる事はあったので無駄に時間を過ごしている感触がしないのは良かった。
それでも現実は否が応でも近づいて来る。
人々から漏れ聞こえる噂は俺に現実を見ろと囁くのだ。
分かってはいてもそれでもと俺は目を背け続けた。 自分の事ながら情けない。
違う。 何も変わっていないのだ。
奏多の金魚の糞をしていたのは――それに甘んじていたのは俺のこの性根の所為だ。
理由を見つけて足を止める。 そんな自分が嫌でたまらないが、結局は何もできない。
何もしない。 何もできない。 そして手遅れになってから動き出すのが――
――俺という人間の本質だった。
砂漠での戦闘、魔族側の劣勢は俺の想像を遥かに超えており現実は瞬く間に俺から選択肢を奪う。
その日もいつも通り、逗留していた街で狩りの手伝いをする予定だった。
唐突にそれは起こったのだ。 北の空に無数の光る何かが瞬く。
次の瞬間には街の全域に破壊が降り注いだ。 建物が破壊され、あちこちから悲鳴が上がる。
俺は慌てて宿から飛び出すと街の光景は一変していた。
「は、はは、マジかよ」
そんな他人事のような渇いた声が零れる。 俺の中で冷静な何かが囁く。
分かり切っていた事じゃないかと。 思考は乱れるが免罪武装が動揺の類を喰いつくすのでフラットになるにも関わず感情の動きが滅茶苦茶になって思考がカラカラと空回る。
それによって俺は呆けたように立ち尽くす。
アルフレッドが死んだときもそうだったが、処理が追いつかないと免罪武装に喰わせても完全に思考が吹っ飛んで行く。 立て直して再起動するまで五秒もかかってしまった。
俺はギクシャクとした硬い動きで崩れた建物へ近づいて瓦礫の山から家族を掘り出そうとしているのを手伝ったが、その途中に街の外から大勢が喚きながら近づいて来るのが聞こえた。
自己嫌悪が止まらない。 瓦礫を掘り返している魔族の男を下がらせ、
巻き込むのが怖かったので加減して表面と周囲の瓦礫だけ焼き尽くしたのだ。
瓦礫の隙間から男の家族のうめき声が聞こえる。 生きている事に内心で胸を撫で下ろし、俺はその場を離れた。 背後から感謝の声が聞こえたが、素直に受け取るのは躊躇われた。
……俺は追い詰められないと動けなかったからだ。
何が起こったのかは考えるまでもない。 人族の襲撃だ。
だが、奇妙でもあった。 近くまで来ているなんて話は聞いていない。
こいつ等は一体どこから湧いて来たんだ? 騒ぎになっている場所へと駆け出し、街の中央――普段は人が行き交うはずのそこは全身鎧や軽鎧を身に着けた連中が逃げ惑う魔族達を次々と斬り倒していた。
性質が悪いのは抵抗できない女子供を優先的に狙っている事だろう。
当然ながら魔族はステータスが高く、戦える者は多い。 応戦している者達は――
「ハッ! 雑っ魚! もうちょっと歯ごたえある奴来いよ!」
小馬鹿にしたような口調で槍を軽快に振り回して魔族を斬り刻んでいた。
染めたであろう明るい茶色の髪と耳にいくつもピアスやイヤーカフスが付いている。
宝石のような物が付いているので、恐らくこの世界由来の装備するとステータスがアップする系の代物だろう。 動きを阻害しない程度の軽鎧に銀に輝く煌びやかな装飾を施された槍。
鑑定をかけると表示された名前は
それ以外のステータスはモザイクがかかったみたいに読み取れない。 下のスキル欄にも文字化けして読み取れない文字列が並んでいるので、詳細は分からないが結構な数のスキルを保有している事が分かる。
考えるまでもない。 こいつが勇者か。
正直、精霊の話から奏多じゃないのかと思っていたけど、違う――いや、何人かセットで呼ばれているからいないと決まった訳じゃないか。
……それにしても本当に酷い。
俺が勇者だけでなく人族に抱いた最初の感想はそれだった。
魔族は見た目は人から外れてはいたが、少なくとも俺に優しくしてくれた人は多く、ちゃんと人間を感じさせてくれた。 一括りにするのは違うような気もするけど、この連中は勇者を筆頭にへらへらと笑いながら次々と虐殺を繰り広げる。
俺はこの瞬間、一つ大きな学びを得た。 人は見かけによらない。
至言だと思った。 小綺麗な見た目でクソのような事をしている連中は人間じゃない。
綺麗な見た目をしただけのクソだ。
「んん? なんだぁお前は?」
俺に気が付いた騎士が一人へらへらと半笑いでチンピラのように剣を見せびらかしながら寄って来る。
「人族でありながら魔族に与するとは恥を知れこの裏切――」
言葉は最後まで紡がれずに上半身を消し飛ばした。
脆い。 世界迷宮では煙幕としての使用がメインで武器としては微妙だったのにこいつら相手にはこれでも充分みたいだ。 それにこんな有様を見せつけられたお陰で免罪武装のステータスが凄まじい勢いで強化され、魔獣相手に目減りした数値が一気に元に戻る。
世話になった国が荒らされた怒りも顔見知りが死んだかもしれない悲しみも消え去り、残ったのは目の前にいる人の形をした不快な連中に対する嫌悪感だけだ。
俺の下手糞な腕でも途中で矢を破裂させ、煙幕をばら撒く。
「な、なんだこいつは――」
「煙に触るな! 触れると体が焼けるぞ!」
「あぁぁ! 俺の腕が腕がぁぁ!」
この煙ってダメージ発生するんだな。 世界迷宮のモンスターには全く効かなかったから知らなかった。
魔力を削るだけだと思っていたので他を巻き込んでしまう。
「あ、あんた……」
「動けない人達を連れて逃げてください。 ここは俺がどうにかします」
「すまない」
魔族達は負傷者や非戦闘員を回収すると逃げ出す。
「あなた達も行ってください」
「しかし君一人では……」
「せめて援護だけでも」
一部の武装した者達が残ろうとしていたが、俺は首を振って断る。
「巻き込んでしまいそうなんで」
俺はそう言って安心させようと笑って見せる。 上手くできたか自信はないが魔族達は何故か泣きそうな顔で「すまない」と小さく詫びて広場から去っていった。
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