第19話 「山頂」

 俺は魔族国を北上し続け、一際大きい山の頂上へと登って北を眺めるとたしかに大きな砂漠がどこまでも広がっていた。 結構な高さの山だったのだが、向こうの人族の国が見えないという事は相当の距離があるのだろうな。 こうして眺めるだけなら中々の眺めだが、派手に戦争をやっていると聞いているので素直にいい景色とは思えなかった。


 ここからでは戦いの様子は分からないが、遠くでは魔族が勇者連中に殺されている。

 そう考えると気分が悪くなるけど、自分が行った所でといった気持ちにもなって積極的に介入しようといった気にもなれなかった。 砂漠を眺めて俺はどうしたものかと悩む。


 ここまで来てしまった以上、もう見るところがなくなってしまった。

 やはり砂漠の戦場を見物するべきなのだろうか? 内心で首を振る。

 俺は魔族国が好きだ。 俺みたいな奴に優しくしてくれたし、真っ直ぐに見てくれる。

 

 そんな人達が命を懸けて戦っているのを物見遊山で見に行く?

 いくら何でも失礼が過ぎる上、俺自身が余所者なので――いや、それは多分言い訳だ。

 砂漠に行って勇者と対面するのが怖いのだ。 恐怖心的な意味ではない。


 もしも、勇者一行の中に奏多を見てしまったら俺は自分がどうなるか分からない。

 

 ……分かりたくないのかもしれない。


 嫌な予感がする。 形のない漠然とした不安だが、そうなってしまうと致命的な何かが起こってしまう。

 そんな根拠のない抵抗感が俺の足を止めるのだ。 不安は何かの錯覚で、単に奏多に対する忌避感がそうさせるのかもしれないだけかもしれない。 情緒がぶっ壊れている俺はあいつに対してどう思っているのだろうか? あいつに対しての怒りや憎しみは免罪武装に全て喰わせた。


 屈辱も不快感も既に残っておらず、ただの記憶としてしか残っていない。

 それでも俺の人生の大半に関わり俺の根幹を作ったと言っていい女だ。

 死んだら清々するのは間違いないが、殺したいのかと聞かれると殺したいが、実行に移す事にもまた抵抗があった。 見知った人間に対して殺意までは抱けるが、それを実行に移せるのかが俺には分からなかったのだ。 我ながら遅い葛藤だった。


 だから、可能な限り勇者の正体を見たくなかったのだ。

 もしも本当に居るのなら俺は――

 その先は形にならなかった。 目の前に広がる美しい景色を眺めながら俺は現実から目を逸らすかのように踵を返してその場を後にした。

 

 

 魔族は滅ぶ。 そう聞いていても俺は何もしようといった気持ちにはならなかった。

 自分で自分の優柔不断さに嫌気が差す。 それでもこれに関してはどうしても決断できなかった。

 マンガやラノベでグダグダと無駄に考えている奴は決断力のない奴だと馬鹿にしていてが、実際そうなるとよく分かる。 情緒がぶっ壊れているので恐らくやろうと思えばできない訳じゃない。


 このまま砂漠まで行って魔族を殺しまくっている連中相手に免罪武装をぶっ放せばいい。

 世界迷宮で幻晶相手にやったみたいにゲーム感覚で脳内にスコアボードでも作って殺しまくれば楽勝だ。 まぁ、どこまで通用するのかを度外視すればだが。


 勇者は一先ず脇に置いて魔族の平均的な戦闘能力で考えるなら、戦力的に拮抗している以上はそこまでの差はない。 免罪武装は人族相手にも充分に通用するはずだ。

 それともう一点、最近気が付いた事があった。 ステータスを開く。

 

 装備品の状態を表示すると免罪武装の名称がずらずらと並ぶ。

 その数――八。 免罪武装は全部で七しかないはずなのにいつの間にか一つ増えているのだ。

 どんなホラーだよと思ったが何度見直しても表示は変わらなかった。


 免罪武装プルガトリオ地上楽園アビス

 いつの間に生えて来たのかさっぱり分からない。 気が付いたら項目に追加されていた。

 ステータスを参照できる上、総合力が五千万を軽く超えている。 何だこの馬鹿げたステータスは?

 

 恐らく神晶帝に通用するレベルだぞ。 試しにと呼び出そうとしたが、装備している状態ではあるが武器として使用できない。 何らかの制限がかかっているのは間違いないが、使えない事が問題じゃない。

 本当の問題はこいつは何を喰って・・・・・ここまで成長したのかだ。


 免罪武装である以上、対応した何かを俺から奪い取っているはず。

 はっきりとは分からないが、予想する事ぐらいはできる。 この馬鹿気た数字にも全く心当たりがない訳じゃない。 恐らくだが、今までに免罪武装が喰らって得たステータスの累計値がこれぐらいじゃないか?


 世界迷宮内でかなりの増減を繰り返したが、合計するとこんな物じゃないかと思っている。

 これが使えれば勇者だろうが何だろうが楽勝と気楽に考えられればいいが、今の俺がこれから感じるのは不安だ。

 恐怖は喰われるので持続しない。 だが、胸の奥に何かが突き刺さったかのような引っかかりを覚える。


 使用条件に関しては考えるまでもない。

 成長している以上、ステータスが一定を超えればロックが外れると見ていいだろう。

 もしかしたら別に条件を吹っかけられる可能性はあるが、成長すれば間違いなく変化が起こる。

 

 俺はそれがたまらなく恐ろしい。 頼らざるを得なかったので目を逸らしていたが、免罪武装のヤバさは使っている俺が一番よく分かっている。 これは理屈ではないが、使い続けると最後には持ち主を破滅させるのではないか? そんな予感じみたものすら感じていた。


 別の手段があるならそちらを頼ればいいと思うが、剥がせないのでどうやったって免罪武装は成長し続ける。 一応、魔王に免罪武装について尋ねたが、知らないと首を振るだけだった。

 体内に入り込んでいるので装備を解除する事も不可能。 呪いなどで手から離れない程度だったら「解呪」といった魔法なりスキルなりで剥がせるらしいが、こいつ等はそんな生易しい代物じゃなかった。


 ここに来るまでに魔王に紹介されたそういった技能持ちに装備解除を依頼したが、全てが無駄に終わった。 結論としてもう俺は一生、こいつ等と付き合っていくしかないのだ。

 一番いいのは成長させずに現状のステータスでやり繰りしていく事だろう。


 なんなら使い切ってしまうのもありかもしれない。

 免罪武装プルガトリオ地上楽園アビス

 名称の字面だけでみるなら安心感がもてるかもしれないが、何故か俺にはそうは思えなかった。

 

 魔族国の危機はどうにかできるならしたい。 それ以上に俺は免罪武装が、勇者と出くわす事で爆発する感情が恐ろしいのだ。 答えの出ない自問自答を繰り返し、結論から逃げるように俺はその場にとどまった。

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