第16話 「旅行」
一先ず、危険はないと判断されたのかイルバン以外は街に着くと散って行き、俺は警備兵の詰所のようなところに案内された。
そこでこの世界に転移してから今に至るまでの経緯を一通り話して終了となる。
「悪かったな。 ほら、これが約束の地図だ」
イルバンから地図と効果の入った袋を受け取る。
俺がこれは?と首を傾げると「少ないが路銀だ」と渡された。
「金までくれるんですか?」
「あぁ、俺の金じゃないから気にしなくていいぞ。 上に連絡を取ったら来ていいってよ。 それがその為の路銀だ」
「何でまた?」
「そこまでは知らん。 魔王様が君に興味を持ってるみたいだ。 だから聞きたい事には答えてくれそうだぞ」
「助かります」
その後は地図の見方を教えてくれた。 現在地が大陸南端近くで、そこから北上して国の首都――王都へと向かうのが俺の今後の行動プランとなる。 足は――まぁ、徒歩だな。
ステータスが幅を利かす世界なので、走って行く事になる。 身体能力が高すぎて乗り物に乗るよりは、普通に移動した方が速いのだ。 これは人間にも言える事らしく、どいつもこいつも馬の類には乗らない。
要らないから飼い馴らす習慣がないと。
なんか凄い生き物に乗って優雅に旅をする自分の姿を幻視したけど拍子抜けだな。
期待したら悉く裏切って来るなこの世界。 ちょっとでいいから異世界に付き物のロマンを味わわせてくれよ。 巻き込まれ召喚って割と多い境遇なのになぁ……。
……やっぱりこう主人公っぽい何かが必要なのかね。
俺はイルバンに礼を言ってその場を後にした。
地図と言ってもどこに村や街があるのかの大雑把な配置だけで、どれが王都なのかは教えて貰ったのでその方向へ進むだけでいい。 イルバン経由であちこちに触れが出ているので、警備に話をすると路銀を恵んでくれるらしい。 本人確認の為に名乗る事と免罪武装――手足から生えて来る武器を見せればいいとの事。 至れり尽くせりだな。
外には魔獣が生息してはいるが世界迷宮に棲息する晶獣と呼称されるモンスター群に比べれば大した事はないので問題はないと言われた。
取りあえず金を手に入れ、文明的な場所に辿り着いて俺が最初にやったのは飯屋に入る事だ。
どれぐらいの期間、迷宮を彷徨っていたのかは何とも言えない。
ただ、イルバンの話では勇者が現れたのは一年と少し前。 同じタイミングで飛ばされたのだったのなら、時期的にはそんなに離れていないだろうし俺が彷徨っていたのもそんなものだろ。
……つまり、一年ぶりのまともな食事になる。
便利な事にスキルのお陰で読み書きも問題ないので、探し当てる事は簡単だった。
中に入って適当に料理を注文し、しばらくするとスープと肉料理が運ばれてくる。
俺はゆっくりとスープを口にした。 ぶっちゃけると日本で出てくるスープに比べれば、美味くはないが沁みた。 味はそこまでじゃない。 それでもそのスープは死ぬほど美味かったのだ。
美味すぎて瞬く間に平らげてお替りを注文し、それも食いつくした。
「……ふぅ」
美味かった。 最高に美味かった。 今まで食ったものの中で最高の料理だ。
最高過ぎて感動した。 免罪武装の所為で感情の動きが悪かったが、このスープはそれすらも僅かな時間打ち破ったのだ。 久しぶりに素直な気持ちになれて嬉しかった。
俺は親にもあんまり言っていなかった「ごちそうさまでした」と感謝を店主に伝えて店を後にした。
食い物に関する感謝の気持ちが自然と湧き上がってくる。 今後、俺は食事の度に感謝の念を抱くだろう。 最高の気分も長くは続かなかったが、しばらくの間は気分も良く、足取りも軽かった。
こんな些細な事で俺はこの魔族の国が好きになっていたのだ。
その日は宿に泊まり久しぶりに眠る事が出来た。
翌日、朝食を済ませて俺は街から外に出る。 朝方に出たので、朝日が昇るのを見ながら俺は北へと向かう。 朝の冷えた空気と全身に当たる風が気持ちいい。
迷宮ではまったくない自然を感じられて新鮮な気持ちになる。
日本にいた頃はなんて事はない出来事もこちらに来てからは全て素晴らしい物に思えてしまう。
風と草の匂いすらも心地よい。
歩いていると途中、巨大な鹿みたいな魔獣が襲って来たが、鑑定すると大したステータスじゃないので
対して威力を出していないのにあっさりと魔獣は焼け死んだ。 迷宮にいた連中に比べると雑魚もいい所だったがこの辺ではそこそこの奴らしい。 俺の十倍ぐらいはデカかったが、ステータスのお陰で引きずって移動する事も簡単だった。 何で余計な荷物を抱えたのかというとこの前、街で食ったスープにこいつの肉が入っていたので持って行けば喜ばれると考えたからだ。
ただ、街まで持って行くのは面倒だったので近くの村に持って行ってプレゼントした。
いきなり魔獣の死骸を引き摺ってきた俺に警戒されたが、事情を話すとお礼を言われた。
戦力が充実していない村なので大きな獲物は滅多に取れないらしい。
急いで持ってきたが傷む前に前に食ってしまおうと村総出で解体してちょっとしたパーティーの開催となった。
俺も参加させて貰いご馳走になった。 焼いた肉、煮込んだスープ、どれも美味かった。
様々な種族の子供達が俺に「ありがとう」と礼を言ってバクバクと飯を食っている。
大人も同様だ。 飢えている訳ではないが、ご馳走にありつけるのは喜ばしい事みたいで誰も彼もが俺に感謝の言葉をかけてくれる。 ニコニコと笑顔で感謝されるのは何だかむずがゆかったけど、喜んでいる姿を見られるのは気分が良かった。
その日は泊めて貰い翌日には出発。 手の空いた村人たちが惜しむように手を振ってくれる。
俺も手を振り返してその場を後にした。 負の感情は免罪武装によって即座に食いつくされるが、喜びなどは消えないので胸に温かい物が満ちる。 今まで生きて来て奏多の添え物扱いだった俺は感謝どころか認識もされてこなかった。 そんな俺がここまで感謝された事は記憶にない。
異世界に飛ばされた時は怒りと絶望でいっぱいだったが、案外悪くないんじゃないか?
少しだけそんな気持ちになった。
……取りあえず魔獣を仕留めたら近場の街や村に届けるようしよう。
俺はそう決めて足取り軽く歩き出した。
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