第17話 「魔王」

 こう旅をしていると思うんだ。

 異世界と言えば襲われる馬車、そして中に乗っている美人で身分の高い女。

 そして救った後に炸裂する「素敵! 抱いて!」――いや、その流れは少し時間を置いてからか。

 

 残念ながらこの国は割と治安自体はいいので、そういったトラブルは滅多に起こらない。

 一応、北の砂漠で派手に戦争中ではあるが、国内まで侵攻されていないので表面上は平和なのだ。

 途中で魔獣を仕留め、それを手土産に近くの村に泊めて貰い次の村か街へ向かう。


 これが俺の新しい毎日となった。 魔獣は大した事ないから命の心配もあまりしなくてよく、村や街の宿を借りているのでぐっすりと眠る事ができる。

 ここに至るまで色々とあったが俺は充実していた。 だけど、充実すればするほどに思ってしまうのだ。

 

 この気持ちを誰かと分かち合いたいと。

 でもアルフレッドはもう居ない。 視線を前に向けて少し下げるとちょこちょこと歩き、こちらを振り返る姿を幻視してしまう。 その度に俺は小さく肩を落とす。


 だが、その悲しみも免罪武装に喰われて消え、付随する不快感すらも消え去る。

 

 ……俺は今日も元気にやってるよ。


 だから俺は心の中にいるアルフレッドにそう語りかけるのだ。

 あいつが心配しないように、大丈夫だと言い続ける。 それだけが今の俺があいつにしてやれる事だと信じて。



 村や街を経由しながらのんびりと国内を北上する。

 地図によると大体、国の中央辺りになるのでこのペースで行けばそろそろ到着するだろう。

 迷宮の時と違い完全に気ままな一人旅だったので、結構楽しかった。


 それも目的地が近づいたので一旦は終わりとなる。

 王都エッジワース。 それがこの旅の目的地だ。

 中央に巨大な城が見え、周りにも背の高い建物が立ち並んでいる。


 街にいる警備の魔族に事情を話して入れて貰い真っ直ぐ城へ。

 こういうかしこまった場所へ通されるた経験がないのでどうすればいいのか分からない。

 正直、かなり緊張する。 ついでに言うならあっさりと通されたけど、王様に会うんだから結構待たされるものかとも思ったがそうでもないらしい。


 待合室みたいな場所で出されたお茶を啜りながら待っているとこちらへどうぞと案内される。

 やっぱり玉座がドンと置かれてて滅茶苦茶広い広間なのだろうか?

 予想とは裏腹に通された場所はさっきの待合室よりも少し広いだけの部屋だった。


 大きめのテーブルにその人物はいた。

 見た目は人間に近いが黒い肌に筋骨隆々とした体躯、顔の白い髭が体色が黒なので目立つ。

 

 「よく来たな。 召喚者よ。 俺が魔王カイパーベルトだ」

 「あ、どうも霜原 優矢です」


 明らかに強そうだった。 俺はいつもの癖で鑑定しようとして――


 ……あれ?


 弾かれたのかステータスが見えなかった。

 

 「おいおい、いきなり覗き見とはご挨拶だな?」

 「あ、いや、すいません。 いつもの癖で……」

 「いや、構わない。 こっちの事情に疎いのは分かってる。 取りあえず座れ」

 

 確かにいきなりステータスを覗き見るのは失礼か。 次からは敵以外には許可を貰ってから鑑定をかけよう。

 魔王は特に気分を害した様子もなく着席を進めて来るので俺は「あ、はい」と頷いて向かいの席に座る。

 

 「異世界からの客は先代以来だな。 事情に関しては報告を受けている。 まずはこの世界の厄介事に巻き込んでしまった事を謝罪する。 すまなかった」

 

 そういって魔王が頭を下げた。 俺は慌ててしまう。

 初手で謝罪が飛んでくるとは思わなかったからだ。


 「い、いえ、そもそも俺を呼び出したのは魔族じゃなくて人族なんでしょう?」

 「そうだが、我々との戦争が原因だ。 責任が全くないとは言い切れん。 そしてお前を元の世界に帰してやる事も出来ない事も謝らせてくれ」

 

 召喚魔法陣が壊れて使い物にならない事は聞いているので失望はない。


 「……やっぱり向こうの魔法陣を使わないと難しそうですかね?」

 「この世界から出るだけならそうだろう」


 含みのある言い方だったが、精霊から話を聞いていたのでその辺も理解していた。


 「やっぱり帰れるって保証はないんですね」

 「あぁ、召喚魔法陣は条件に合致する者を無作為に呼び出すようにできている。 つまり特定の場所と場所を繋ぐような機能は備えていない」

 「要は完全に一方通行って事ですか」

 「その通りだ」


 ……まぁ、そうだろうなぁ。


 失望はない。 寧ろ正直に話してくれるこの魔王には好感すら覚えた。

 それになんだか死んだ爺ちゃんに雰囲気が似てるので、何だか親しみやすかったのだ。

 

 「……怒らんのか?」

 「怒り狂ってどうにかなるのならとっくにやってますよ。 それよりも俺に何か話があるみたいな感じみたいですが、そこを聞いてもいいですか?」


 魔王はそうかと呟いて本題に入った。

 

 「まずはお前の身の振り方だが、何か考えてはいるか?」

 「いえ、特に。 ただ――」

 

 少し思い返す。 ここに来るまでの間の事をだ。

 魔獣を仕留めて村に持って行き、感謝される毎日。 それはそれでいいんじゃないか?

 少しの危険はあるが穏やかな日々、そんな毎日を考えると悪くないんじゃないかと思う。


 「――そうですね。 魔獣を狩る狩人なんかいいかなって思ってます」

 「あぁ、聞いているぞ。 あちこちの村に仕留めた魔獣を配っていたそうだな」

 「余計な事でしたかね?」

 「いや、助かる。 餓死者は出していないが、厳しい場所もあったのでな」


 魔王は笑うが表情に力がなかった。

 

 「何か問題ありますか?」

 「そうではない。 ユウヤよ。 しばらくの間はこの国に滞在してもいい。 だが、ずっとは難しい」

 「理由を聞いてもいいですか?」

 

 この話の流れでそんな返答になるとは思わなかったので内心で僅かに訝しむ。

 そもそもこの世界には魔族の国と人間の国と砂漠しかないのだ。

 この国にいられないという事は遠回しに人間の国に行けと言っている事に等しい。


 「……俺が人族側に召喚されたからですかね?」

 

 可能性としては信用できないから出て行って欲しい。

 そんな理由が思い浮かんだが魔王は力なく首を振った。


 「違う。 理由は単純でな。 そう遠くない内にこの国が滅ぶからだ」


 その言葉の意味を理解するのに数秒の時間を必要とした。

 お世辞にも繁栄しているとは言えないが、いきなり滅ぶようには見えない。

 そうなると理由は内部ではなく外部。


 「我が国は戦争に敗北する」


 俺が察したと同時に魔王は答えを口にした。

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