第5話 「怒売」

 壁に手を当てると重々しい音を響かせながらゆっくりと開く。

 外に出るとさっきの部屋と同様に水晶のような物があちこちに生えており、見上げると天井が見えずに暗闇に覆われている。 感じからして地下っぽいな。


 空気の流れは感じられず、耳を澄ますと水が流れる音が聞こえる。

 取りあえず適当に進んでみるか。 俺は歩き出そうとして――足を止める。

 遠くに何か小さな山のような物が見えたからだ。 視界が悪いので本来なら見える訳がないのだが、そいつは自身で光を放っているので非常に目立つ。


 ……なんだあれ?


 嫌な予感しかしなかったので正体を確かめる為、鑑定できないか試してみる事にした。

 どの程度の距離までなら鑑定が有効なのかを試す意味もあって遠くに見える光る山に意識を集中しつつじりじりと近づくと――そうかからずに成功した。 いや、成功してしまった。


 神晶帝ハミルトン=ラグランジュ

 

 ……は?


 いや、こいつって俺が知らない間にぶっ殺した事になってるここのボスじゃないのか?

 何で生きてるんだよ。 それとも一定時間の経過でリポップするとかそんな感じなのか?

 疑問は尽きなかったが、そんな事はすぐにどうでもよくなった。


 何故なら見えたステータスは洒落にならない数字を叩きだしていたからだ。

 攻撃力9999999って何だよ。 馬鹿じゃねぇのか。

 これまさかとは思うが表示上カンストしてるだけで実際はもっと上なんじゃないのか?


 他のステータスも軒並み酷い。 カンストはしていないが平均七百万ってところか。

 防御に関しては∞とか書いてあるのは何? 攻撃が一切効かないって事?

 耐久も9が並んでおり、ざっと一億? スキルも読み上げるのも馬鹿らしい数がずらずらと並んでいるので途中で見るのを止めたぐらいだ。 ただ、物理無効的なものがあったので、防御が∞の理由はそれだろうなと察してそっと踵を返した。


 動悸が酷い。 めまいがしそうだったが、どちらもすぐに収まった。

 免罪武装が吸い取ったようだ。 あぁ、便利だな畜生。

 逃げ出したいといった気持ちも現実逃避したいといった気持ちも片端から奪われる。


 その為、俺は冷静にこれからどうするべきかを考える事ができそうだ。

 取りあえずだ。 あの化け物に近寄るのは死を意味するので自殺したくならない限り止めておこう。

 鑑定スキルはそれが何なのかとステータスは教えてくれるが、構造までは把握できないので手探りで探さなければならない。


 壁に沿って慎重に進む。 歩きながら常に周囲を警戒し、慎重に歩いてなるべく音を立てない。

 それが今の俺の脳ミソで考え得る限りの最大限の警戒態勢だ。

 何をするにもまずはここの構造を把握する所から始める必要がある。

 

 上への道か何かがあれば最高だが、そう簡単に見つかるものではないだろう。

 現状、はっきりしているのはここは世界迷宮とやらの最深部だ。 つまり、目指すべきは出口。

 そして数少ない朗報はここが一番奥なので進めば進む程に生存率が上がる事だ。


 ……とは言っても俺の貧弱なステータスでどこまでやれるかが問題だな。


 一応、レベル的なものも存在するので上手い事、ここにいるモンスターを仕留められればステータスは上げる事はできそうだ。

 これが他人事ならレベリングから始めろよとか無責任な事を考えるかもしれないが、五感が感じる圧倒的なリアルはステータスやらのゲーム的な要素を駆逐して身の危険を感じさせる。


 ……頼みの綱はこいつらか。


 自身のステータスを確認して免罪武装の項目をチェックする。

 色欲、暴食、傲慢、嫉妬はほぼ上がっていないが、残りの憤怒、強欲、怠惰はかなり上がっていた。

 特に憤怒はぶっちぎりのトップだ。 次点で強欲、怠惰が少し下になる。


 見つめていると少しずつだが、数値が上昇していた。

 変動している事はリアルタイムで俺の感情が喰われている証拠でもあるのであまり気分のいいものではなかった。 最悪、強化が進むまでさっきの部屋に引き籠るのもありかもしれないな。


 ボスには歯が立たないのは分かった。

 後は他にいる雑魚はどんな感じなのかを見てからこれから判断するべきだ。

 十数分ほど歩くと遠くに動く何かが見えた。 ここのモンスターは光ってるから居るとすぐにわかるな。


 恐る恐る近づきながら鑑定を使用するとステータスが見える。

 神晶種グラニュール。 ステータスはバラつきこそあるが平均二百万。

 さっきのに比べれば雑魚だが、攻撃が掠っただけで楽に死ねるのでこのまま運に任せて突破を図るのは危険すぎる。 やるにしても最低限の勝算を確保してからだ。


 俺は気付かれる前にそっとその場を離れた。


 

 俺は最初に目覚めた場所へと戻る。 ここは施錠ができるので比較的安全だ。

 あの訳の分からないステータスを持った連中ならぶち破れるかもしれないが、ないよりはマシだ。

 さて、普通ならここで折れるところなのだが、免罪武装が諦めの心を吸い上げる。


 怠惰の能力が一気に伸びていた。

 都合が良いと前向きにも考えられ――なんか武器に洗脳されている感が半端ないが努めて気にしない。

 突破する可能性を上げるにはここで武器を育てるのだ。


 どうせ外せない上、放っておいても喰われるのなら積極的に吸わせて強化を図る。

 取りあえず一番伸び幅が大きい憤怒からだ。 こいつに関しては非常にやりやすい。

 俺は生まれて初めて奏多に感謝をした。 ありがとう、お前との日々を思い出すだけで自然と怒りが湧いてくるよ。 理不尽な扱いを受けた日々を思い出すだけで憤怒の性能が凄まじい勢いで上がって行く。


 同時に幼馴染に対する怒りも消え、気持ちもどんどんとフラットなる。

 それでもエピソードが次から次へと湧き上がり、思い出せば出す程に免罪武装はその力を増す。

 凄いぞ! もう攻撃力が百万を突破した。 これならあの化け物をぶった切れる!


 ――っていうか数字にしてみると我ながらどれだけ奏多の事を憎んでるんだよといった気持ちになる。


 だが、俺の人生で不愉快だったイベントは九割方あの女が何らかの形で関わっているのだ。

 両親もクラスメイトも知らない連中もあいつの所為で俺への当りを強くする。

 絶対に許さないと固く誓っていたが、その怒りや誓いすらも免罪武装はステータスという名の数字へと変換していく。


 こうして俺は他者への怒りを全て売り飛ばして力を手に入れた。 

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