金太郎……だよね? ~狂気の昔ばなしシリーズ~

小林勤務

第1話

 昔、昔、ふじの裾野に、銭に執着する男の子が住んでいました。


 男の子は、一にも二にも、銭がだいすき。一銭たりとも妥協しないことで村では有名でした。男の子は、坂田騎士ないとという輝く真名きらきらねーむを名付けられていましたが、いつしか、坂田金太郎と呼ばれるようになりました。


 金太郎が、そうなってしまったのには深いわけがありました。


 金太郎のおっとうが全く働かなかったのです。朝から晩まで酒浸り。これで、よく生計が成り立っているのかと不思議なほどでしたが、実は、おっとうは爺さま婆さまが死んだことをお役所に内密にしており、そのまま年金をもらっていたのです。


 金太郎は幼くして、不当に金銭を得ることが、得をすることを覚えてしまったのです。


 金太郎が、自慢の腕力にものをいわせて、今日も村の童たちからお金を巻き上げようとしたときです。


「おい、お金がないなんてうそだべ!」

「ほ、ほんとだあ、許してけろ」

「そこで、跳ねてみろ!」

 ぎくりとした童が、その場でぴょんぴょん跳ねると、ちゃりんちゃりんと懐に隠しもった小銭が鳴りました。

 うそを吐かれたと激高した金太郎は、童たちに鉄拳を食らわします。


 ぴょんぴょん

 ぴょんぴょん


 童たちが跳ねる音に合わせて、


 ぴちょんぴちょん

 ぴちょんぴちょん


 と、口から血と折れた歯が飛び散ります。


 腕力によって稼いだ銭で、今日も春を買いに、宿場町へとくりだそうとしたのですが、浮き足だった金太郎をたしなめるように、大地が揺れだしたのです。

 その揺れは、はじめは小刻みに、やがて、竜がうねるがごとく大きな力へと変わります。


 ドドドドドドドドド――


 突如として、大和の国を大地震が襲いました。


 大地の叫びと呼応するかのように、天をも貫くふじの頂きが咆哮します。

 真っ赤な溶岩に、吐き出される岩石――地獄そのものが、かたちを成して、村に襲いかかります。


 あっという間に、飲み込まれる村々。ふじの頂きは、三日三晩、怒りをぶちまけて、ようやく静まりましたが、そこには草木も生えない荒涼たる大地のみが残されました。


 この天災により、金太郎の両親は亡くなり、孤児となってしまいました。そして、わずかに生き残ったものたちによる壮絶なる食料の奪い合いがはじまったのです。


 童たちには腕力でねじ伏せることができた金太郎も、大人の武器にはかないません。お気に入りの生娘を買うために貯め込んだ銭も、彼らに取り囲まれて、なくなく手放すことになりました。


 風の知らせで、この天災により、指名していた生娘も死んだことがわかりました。

 殺されないだけましかと思いましたが、今度は、この機会に、今まで銭を巻き上げていた悪事を追求されて、竹やりで追い出されてしまいます。


 銭もなく、食べるものもありません。

 そのまま野垂れ死にをするかと思われたとき、金太郎に光明がさします。


 大和を二分する内乱にそなえた雑兵の募集です。


 都では、時の権力者たちの争いが苛烈さを増しており、市中いたるところに死体が転がる末期的な様相をみせていました。


 壊滅した村がかわいく思えるほどの混沌です。


 逃げまどう民衆。


 四散しては集まって、また散らばって。


 民衆にできることは、おのおのが集まって世の嘆きを早口でまくしてることだけ。いつしか、この早口文句さいふぁーはお公家さまをも巻き込んだ、大きな力となっていきます。


 この争いは収まることなく、ついには、正規の武士団だけでなく、野盗、浮浪者までをも雑兵として募ることになりました。


 自慢の腕力を生かすのは、これしかない。


 しかし、いまは食うに食われぬただの浮浪児。

 金太郎は、職を求めて都に向かう途中で、次々と民家を襲います。ひとつぶの米も、一銭の銭も見逃しません。


 行くさきざきで欲望とともに流れる大量の血は、金太郎の前掛けを真っ赤に染めあげて、それそれはきれいに田んぼのあぜ道に映えました。


 人とは、なんとも罪深いものなのでしょうか。



 腹が減っては戦はできないのです。



 こうして、都に辿り着いた金太郎は、さっそく権力者のもとを訪れました。


「どれ、貴様の腕をみせてもらおう」

 金太郎は、えいやとばかりに、転がった岩を投げ飛ばしました。

「なんとすごい男子じゃ、わしに仕えぬか?」

 ですが、その誘いを一旦、保留しました。

 つぎに訪れたのが、敵対する権力者の陣営です。

「どれほどの剛のものか見せてもらおう」

 ふたたび、金太郎はえいやとばかりに、巨石を持ちあげて投げ飛ばします。

「あっぱれ! わしに仕えたらこれぐらいは出そう」

 やはり、ここでも権力者の誘いを保留にします。


 そうです。どちらが、より高い報酬を出せるか駆け引きをしていたのです。しかし、金太郎が思うほどの差はなく、いち兵卒にだせる銭はほぼ同じという結末でした。しかも、かろうじて生き永らえるぐらいの少額です。


 身分の低いものに出せる銭というものは、所詮ははした金。



 人の命は、権力者にとって銭より軽いのです。



 そこで、金太郎は一計を企てます。

 金太郎は都にほど近い山にはいると、わざと木々を切り倒して、イノシシや熊のすみかを奪いました。すみかを追われたイノシシや熊は、食べ物をもとめて都の田んぼに押し寄せます。


 この騒動にすっかり困ってしまった権力者たち。戦に人手がとられており、獣の鎮圧に割く余裕がないのです。そんな弱り目の権力者たちに金太郎はいいました。


「ぼくが、イノシシ、熊をやっつけてやるべ」

「おお! これこそ国を憂える男子じゃ!」


 もちろん金太郎はタダとは言っておりません。権力者たちがしめす報酬が少なければ、汗水たらして山を切り倒して、獣のすみかを奪い、報酬が多ければ、イノシシ、熊の前にたちふさがり、えいやと遠くに投げ飛ばします。 


 そして、より効率的に銭を巻き上げようと、自ら野盗を結成。結成した日がちょうど、土用の日ということもあり、自らの名を冠して「土用騎士狂乱さたでーないとふぃーばー」と命名しました。


 土用騎士狂乱さたでーないとふぃーばーは都をかく乱し、その鎮圧をちらつかせて権力者たちに銭を迫る。


 まさに、一度組み立てられた仕組みというのは永久機関がごときであり、じゃらじゃらじゃらじゃらと巨万の富が金太郎のもとに集まってきたのです。


 いつしか、争いに明け暮れる権力者につぐ、第三の勢力にまで成長した金太郎は、双方の権力者たちから、わしの家来にならないかと引っ張りだこになりました。


 それを担保に組織を拡大させていく金太郎。


 大和の国の命運は、金太郎の皮算用ひとつとなったとき――

 ある噂が流れました。


 金太郎がわざと都を襲わせている。


 金太郎が都にゆくまでに襲われた村々は、金太郎をまったく信用していません。村人たちの調査により、とうとう、金太郎の嘘が露呈してしまったのです。


 由々しき事態と、権力者たちは一旦争いをやめて、ともに手をとり、金太郎を成敗することになりました。


 向こうは正規軍。こちらはただの野盗集団。

 まともに戦えば勝ち目はありません。


 このまま築き上げた銭を奪われることは、なんとしてでも避けなければなりません。次々と配下が打ち取られていき、追い詰められた金太郎は、禁じ手をつかうことになります。膨大な銭をちらつかせて、遠く海を隔てた外国勢力を味方に引き入れたのです。


 当時、外国勢力は飛ぶ鳥を落とす勢いで、高原地帯、山岳地帯、砂漠地帯、都市部を制圧。西は――えげえれす、南は――ぶるたふりか、東は大和の国まで、人類史上最大の版図を築いていました。


 当然、このような外国勢力を大和の国に招いてしまえば、果てしない戦乱が続くことは目に見えています。


 ですが、金太郎にとってはそれどころではありません。


 なにより、銭を失うのが恐ろしいだけでありました。


 こうして、権力者たちの内乱から始まった大和の動乱は、外国勢力も加わり、三つ巴の様相となっていきます。


 金太郎率いる、土用騎士狂乱さたでーないとふぃーばーはその隙をつき、偽の天子さまを擁立。


 絶え間ない戦乱により、ついには大和の国は四つに分裂してしまいました。


 この争いは世紀を超えたいまも続いており、互いに火の槍を向け合う憎しみの連鎖はいまだ解決のめどはたっていません。


 こうして、金太郎は大和の国を支配する四天王の一角へと成りあがったのです。


 大量の銭に埋もれる金の風呂で下界をながめると、そこには色とりどりの戎の軍勢に蹂躙される村々がありました。


 うわあ、

 きゃああ、

 ひどえあ――


 人々が韻をふみながら、阿鼻叫喚の地獄が広がります。


 そんな光景を目の当たりにして、金太郎の胸にある感情が芽生えました。


 今まで奪うだけの人生であったが、奪われるものの悲しみたるや。


 ふじの大噴火により、大量の灰と溶岩に覆われた故郷が去来します。


 金太郎は荒廃したふじの裾野に、理想郷をつくろうと奔走しました。銭の大切さをかみしめる金太郎は、築き上げた新しい都で商いを奨励し、楽市楽座をおしすすめます。都は栄華を極め、さまざまな人々が集まってきました。


 この都で大流行したのが、美声狂騒みゅうじかるです。

 戦乱のさなか、生み出された早口文句さいふぁーは、繁栄を願う音楽へと昇華して、銭の大小がまねく奪い合いをも内包していくのです。


 たいむいずまねー、おーるふぉーざまねー

 買えぬものなく、売れぬものなく―― 


 金太郎は自らの都に、幼き頃に、足繁くかよっていた宿場町を再現させました。


 そこでお客さまに出されたのは、天然ものと偽ったうなぎの蒲焼。

 後の世に、土用の丑の日にはうなぎを食べるという風習へと繋がったのは、言うまでもありません。


 金太郎はそこで精をつけて、あの頃と同じく、お気に入りの生娘のもとに通いましたとさ。



 おしまい、Oh Shit Mine

 おしまい、Oh Shit Mine



 了







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金太郎……だよね? ~狂気の昔ばなしシリーズ~ 小林勤務 @kobayashikinmu

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