第21話

「来てくれたね、お兄さん。さて、本日は賭場荒らしをしていこうと思います」

阿威は当然の事のように言う。見た目の幼さとはまるで不釣り合いな、物騒な発言だ。

目の前にはカジノ……には見えないが、一般的なネットカフェに巧妙に偽装した、所謂闇カジノと言われる賭場がある。

「賭場荒らし……?肩慣らしと聞いてたんだが。」

「肩慣らしも兼ねてね。この賭場の用心棒は、魔女の手の者である可能性がとても高い」

「ほう、どうやって知ったんだ?」

「地方密着の治安の悪い掲示板でね。ボーイの顔色がすごく悪いとか、急に機械が増えたとか、別の場所にも店を出すから遊びに来てくれと言われたとか、そういった書き込みがここ数日で急に増えた。」

「なるほど。資金が急に増えたか、上のものが急にすげ代わったか。どっちにしてもきな臭いな。」

「またこの間みたいな人形がいるかもしれないし、何かしら僕らに対する手段を講じている可能性もあるけど──半端な罠なら踏み越えた方が早いし、半端じゃない罠なら備えてても死ぬからね。手早く済ませてさっさと帰ろう」

「雑な作戦だな……」

ランケと阿威が建物の中に入ろうとすると、屈強な男が2人の行く手を阻んだ。

「すみませんね、まだ営業時間前グワーッ!」

ランケの鋭い裏拳が一撃で男を沈め、異変を察知した従業員達が一斉に銃を取り出す。

「少しはやるようになったね。よし、右は頼むよ」

阿威はそう言いながら旋風のように跳ね回り、銃を持った男たちの腕を次々とへし折っていく。

「悪いな。ブラックな職場を恨みな」

ランケも手頃な位置にいた一人の腕をひねりあげて盾にし、怯んだ男たちに突撃し──数十秒と経たず、立っているのはランケと阿威の2人だけになった。

「これで済んだらいいんだけどねえ……」

「だといいんだけどな。奴さん、お出ましだ」

ぞろぞろと吊られた人形のような動きで現れたのは十人ほど──いや、十体ほどか──生気を感じさせない、スーツ姿の従業員。その手には鈍く輝くナイフが握られていた。

「一辺倒な奴だな……」

「だからこそ厄介なのさ。彼女が信じる最強の手を打ち続けて来ている訳だからね──!?」

異変に気がついた阿威が身を躱す。ほぼ同時に、彼の立っていた場所に鋭い鉤爪が突き刺さっていた。

「あーあ、避けてくれちゃって、厄介な奴だァ……」

現れた男の背中には6本の義手と尻尾。

「妙だな。──なんでお前が生きてるんだ?」

忘れようはずもない。初陣の敵であり、ランケが命を奪った相手であり、示威のために晒し者にまでした男、セブンスアームズがそこに立っていた。

「知り合いかい、お兄さん?」

阿威はあまり興味無さげに尋ねる。

「ああ、ほんの少しだけな」

「俺を知っている──?お前は、俺の事を知っているのか……?俺は──思い出せないんだ……俺が何者か……忘れちまったんだ──」

「なるほど、お前もリビングデッドか。思い出せないのも無理は無い。脳に直接クラッキングをかけられた訳だからな。そもそも言葉を話せている時点でだいぶ驚きだ」

「ほう……?なぜそれを知っているんだ……?」

「俺がそれをしたからだ」

「ならば……お前は、俺の敵、という訳だな 」

「まどろっこしい。さっさとやろう。阿威、手を出さないでくれるか」

「了解。僕は端末とかデータとか探してくるから、終わるまでに済ませておいてね」

「ああ」

「通さない──」

「それはできない相談だ」

セブンスアームズの横を通り過ぎようとした阿威を狙う義手を、ランケは掴む。破壊はしない。

「なああんた、今なんのためにここで仕事してるんだ?」

「なんのため……?決まっている、このカジノを守るためだ──!」

「それは目的じゃなくて仕事内容。」

残る5本の義手と尻尾を躱し、ランケは着地する。

人形がランケに襲いかかる。蹴りで粉砕する。

「なんか夢とか、やりたいこととかあるのか?」

「敵のお前に話す必要など──」

「あるんだよな、一応。組織や生き返らせてくれた相手──状況からして魔女だろうが──に恩義とか感じてる?」

「生き返る……魔女……お前は何を言っているんだ……?」

攻撃はせず、最低限の回避行動のみでランケは完全に戦闘の主導権を握っていた。まるでダンスでも踊るかのように、言葉を交わし、矢継ぎ早の攻撃を躱す。

「覚えてないか。なあセブンスアームズ。過去を取り戻す気は無いか?お前の記憶の全コピーが手元にあるんだが」

「そんな見え透いた罠にかかるほど──!」

攻撃の手が早まる。だがランケにその拳が、爪が、尾が届くことはない。

「そうなるよなぁ、やっぱり……思い付きだし、俺の自己満足だしなぁ……けど」

ランケはセブンスアームズの額に、加減した掌底を打ち込む。

「グッ……!?」

脳が揺れ、セブンスアームズの意識が途切れる。糸が切れた人形のように倒れた彼を、ランケはかつぎ上げる。

「あるべきものはあるべき場所にあるのが1番だ。アジトだと場所がバレるかもしれないしな、ここで済ませとくか……」

端末からセブンスアームズの記憶のデータを探し、彼の頭部に健在のコネクタにコードを差し込む。

「直接接続で書き込むなら脳にさしたる影響は無いはずだ。時間の都合で高速書き込みだから2日くらいは悪酔いがあるかもしれないが──まあ大丈夫だろ。リビングデッドだし」

書き込みが進んでいく。これで罪が清算されるわけではないが、相手がいるなら返せるものは返しておきたいとランケは思っていた。

「こればっかりは魔女に感謝だな」

書き込みが終わり、ランケはコネクタからコードを引き抜くと、資金とデータを根こそぎ持ってきた阿威と共にカジノから去った。










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