第18話

邂逅はあくる日だった。

街中──といっても路地裏、暗がりの中を、煌々と光る電灯を頼りに歩く夜のことだった。とちろん不用心に歩きまわっていたわけではなく、その日もちょっとした”慈善活動”の一環として、チンピラどもを叩きのめして警察署──こういった所では機能してないことが多いのだが、この地域は奇跡的にまともに機能していた──の前に放り投げておいた所であった。


その行為を終えて、ふとランケが上を──正確には、伝統の方を何気なく向いた時だった。

カチ、カチ、と光が不規則に点滅する。

スラムに近い辺境でありながら、核融合式新型発電所から齎される恩恵に与り、近代文明が夜を駆逐することが可能となった一因である電灯を灯すことが可能となっている。

また、辺境としては珍しいことに、劣化著しくなれば行政の手が入り、交換が行われることも当然というような地域であったものだから、電灯が電灯自身の劣化によって明滅するなど有り得ないことで───


当然の帰結として、その現象は外部からの影響によって起こされているものに他ならないという話になる。

警戒……いや、臨戦態勢とすわ見間違えるほどに気力と殺気を漲らせる。

目を忙しなくきょろきょろと動かし、懐から銃を取り出して、四方をクリアリングするように動く。


明滅が激しくなる。それに伴って、目が頼りにならなくなる。よって、強化されている聴覚に意識を振り向けることになるのだが……

その聴覚と、未だギリギリ機能していた僅かな視界で捉える。


人形だ。ひとりでに動いている人形がこちらを目指して一直線に走ってくる。

その手には、キラリと煌めくナイフを携えて。

まるでB級ホラー映画に出てきそうな、少女の姿をした人形が狂奔めいたスピードで近づいてくるのだから、並の人間であれば既に絶叫しながら逃走することに全精力を注いでいたに違いない。


だが、事前に”知っていた”ランケにとって、それは明確な敵対者がようやく現れたという事象を知らせるアラート以外の何物でもない。

自動で動く、呪いの人形。なるほど、これほど恐怖の印として見られるには好都合なものは無いだろう。


人は自分が想像しうる現象から外れたものを知覚すると、その現実を受け止めきれないことがあるという。

その効果を狙い、硬直時間を作り出すという意味においてはこれほど効果的なお呪いは考えられない。


「なるほど、こういうことか──ッ!」


とはいえ、ランケも何事もなくその現実を受け入れて万全に対処できたものか、と言われればそうでは無い。

驚愕に身を固めてしまった。時間にして、約1秒ほどであったものの、戦闘という場面においては1秒という時間はあまりにも長い。

かろうじて、完全に人形がこちらにその刃を届かせて、鏖殺を成す前にその硬直を解いて動き出すことは出来たが、彼我の距離は着実に近づいていた。

距離にして約10メートル。

これ以上近づかれてはたまらない、とランケは目を鷹のように光らせて握りしめた銃の引き金に力を込めて押下する。


その瞬間、爆発するような音を立てて、ランケの握る銃が鋼の暴力を発射する。

火薬の炸裂により、鉛ないし金属の弾丸を打ち出す、人間史においてあまりにも大量の生命を奪ってきた武装。

それは確かに人命を奪い去るには十分な牙であっただろうが────


「なッ………!!!」


あろうことか、人形は持っているナイフのような得物で銃弾を弾いた。いや、正確にはと言うべきだろう。

恐らくは、刃の傾斜が滑らかなものだったのだろう。正しく人外の所業であるそれは──弾丸の入射角を見極め、その傾斜で滑らせて逸らす。


ランケは、己にそれが出来るだろうか?と自問する。いや、剣の達人であれば、飛来する銃弾の側面を叩いて落とすことくらいは可能だろうし、なんなら切り捨てることも可能となるに違いない。


しかし、このような絶技はあまりにも人が行うには不可能に近い。

その姿を目でしかと捉えてしまったものだから……ランケは驚愕に今度こそ身を震わせて、固まった。


その隙を見逃す人形ではなく。

固まったその体に襲い来る狂刃。

その刃が、体に、沈みこんで───


「いいや!効かないなァッ!」


蹴り飛ばす。

その小さな体に、捻りを加えた体幹と死後強化された筋力によって莫大なエネルギーを破壊へと転換可能な能力を秘めた蹴りが直撃する。

恐るべきことに、その蹴りは一トン爆薬の破壊力にすら迫るほどだ。

その速さは、音速の壁を突破するほどに。パァン!と空気の壁をぶち破った音を響かせる。


無論、その攻撃を食らった人形が無事で済むわけが無い。

粉砕される腕、体、足。狂刃携えた殺戮人形は、見事にその体を破壊された。

そのエネルギーが純粋に破壊に使用されたのか、と言われれば無論違う。

ものを蹴った時、諸君らが目にするものは何だろうか。そう、蹴られ、飛んでいく物体の姿だ。

その姿を人形に置き換えて見ればわかりやすい。

つまるところ、飛んでいくのである。


だからこそ、粉砕されながらも人形の体は同じように飛ばされ───壁に激突する。

パーツごとにバラバラになりながら、そのまま地面に落下する人形の体。

恐ろしい程に、一瞬にして形勢が逆転した。傍目から見れば、ランケの心臓に白刃が突き立てられ、その命は冥府へと落ちていくものだと、万人が予想するほどに圧倒的な劣勢だった。

それがどうだろう?簡単な、ただの無造作な一撃で人形は壊れ、粉砕され。その役目をもはや果たせなくなってしまった。


これが死なずリビングデッド───生きた死体の特異性であるのだ、と未だ見えない敵にまざまざと見せつける結果となったのだ。

その果てを、見つめる双眸。ランケの瞳が、一瞬の交錯で着いた決着の跡を睨みつけて。


「……ヴィーちゃんのおかげで助かったな。防刃性能が高くて助かったぜ。サンキュー」


ため息を吐きながら、ブードゥーの魔女の次なる暗殺行動を考えて、痛くなる頭を抑える。

同時に、己の命を助けたスーツの作成者に向かってちょっとばかしの感謝を示すのだった。

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