第17話

「不思議な力、ねえ……」

自室に戻ったランケは手持ちの端末を操作する。あれから数度端末上でやり取りをし、「確定ではないが、ブードゥーの魔女によって引き起こされた可能性が高い惨劇」の画像を何枚か送らせた。

「シューくん、今日はハンバーグを予定してたんだけど中止にするね。すまないね、しばらく肉類は食べられそうにない。今夜はピザでいいかい?」

仕込まれたカメラで覗き見をしていたらしきヴィクターの声が耳元から聞こえる。彼女がそう言うのも無理は無いほどに、画像の中の惨劇は酷いものだった。人が潰され、擦り下ろされ、八つ裂きになり──壁が、床が、地面が、真っ赤に染まり、空までも染めんばかりだった。人間の命などなんとも思っていない──あるいは思っているからこそ、ここまで徹底した殺戮を行うのだろうか。

「忘れてるかもしれないが、俺もついこの間まで一般人だったんだぞ。俺は夕食はいらない……」

「にしても、思った以上に厄介そうだね、そのブードゥーの魔女とやらは……」

「そうだな。派手過ぎて手の内はさっぱりだし、明らかにまともな奴じゃない」

「だが厄介であるからこそ、逆説的に魔女が万能でないことが分かる。現に私はまだ呪いで死なずに、チーズを山盛り載せたピザを焼いている」

ランケの端末に画像が送られてくる。文字通り山のようにチーズの乗ったピザと、ピースサインで笑顔を振りまくヴィクターの写真。今死ぬとしたら原因は間違いなく不摂生だろう。

「なるほど、呪いが万能なら、そして魔女がもう俺たちを殺そうとしているなら既に俺も、ヴィーちゃんも壁に飛び散ったトマトソースになっているわけだ」

「シューくんは色が悪いからアンチョビソースかな。冗談はさておいて。オカルトなんてものにはだいたいタネがある。タネなんてなくても、対処法は何かしらある……といいね。ないなら死ぬけど」

扉の向こうからチーズの焼ける匂いがする。ヴィクターはどうやら本当にあの量のチーズを載せたピザを食べるつもりらしい。

「君がオカルトを否定するのか……俺を作り出した君が……」

「私は頭がいいからね。君を構築するための理論はほとんどタネも仕掛けも分かっている。唯一分からないのは君が、なぜ、私の想定した以上に強すぎるのかくらいだが──そのうち分かるかもしれないな、とは思ってるからね。ノーカンだ」

「調子のいいノーカンだな……」

「私にも分からないほど強い君なら、きっとオカルトにでも呪いにでも、きっと打ち勝てるさ。だからその強さで私を守っておくれ、シューくん」

「お、おう……何も解決していない気もするが……」

「さて、ピザが焼けたから失礼するよ。乙女の食事シーンを見たいならファンボックスにでも課金してくれたまえ」

通話が切れる。

「勝手なもんだな……けど……少しだけ気は楽になった気はする」

──ヴィクターは俺の強さを、そして俺自身を信じている。俺はヴィクターを信じたいと、そして守りたいと思っている。それで十分じゃないか。そして相手が得体が知れない強者なら、俺がもっと強くなれば良い──

ランケはウェアラブルの端末を操作し、クロコダイルに電話をかける。

「取り次いで欲しい奴がいる。稽古をつけて欲しい、と伝えてくれ。番号はわからんが、多分あんたなら知っているだろ」

「ああ……わかったよ、伝えておく。誰に取り次いで欲しいんだい?」

──強くなるには、自分以上に強い相手と戦うしかない。そして強くなって日の浅い俺は、その相手を一人しか知らない。──

「阿威って奴だ。東洋系で見た目は少年だが、やたら顔色が悪い」

「調べてみるよ、数日──いや、3時間待っててくれよ。絶対に見つけるから」

──フランが敵でないなら、そして依頼者が彼女なら。阿威も敵、という立場には居ないはずだ。そして──

ランケは通話を切り、呟く。

「俺を試しているつもりなら──それに乗ってやるよ」

ヴィクターを守るだけの力があるか。その資格があるか。それを試されているような、どこか薄気味悪い感覚に陥ることが何度かあった。それがフランの意思なら、今はそれに従っておこう。

手元の方の端末が振動し、「完食!」という件名のついた、テーブルに乗ってガッツポーズをするヴィクターの自撮りが送られてきた。

「栄養バランスの管理もしなきゃいけないのか……」

明日は朝食に青菜炒めでも作ってやろう。ランケはそう思いながら「お疲れ様」とだけ返信した。

精一杯の嫌味は、多分彼女には通じないだろう。

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