第15話

「さて、と」

自室に戻りベッドに横たわったランケは、網膜認証の端末をいじりはじめる。

──クソ、やっぱり残っちゃいないか──

ランケが探していたものは、この間見た夢の─いや、正確には夢と思い込んでいるかもしれないものの痕跡だ。

──阿威とやらは、依頼者がいると言っていた。製作者に関しては手掛かりさえないが、俺の顔と名を知っている奴なんてそう居ない。あの趣味に合わない玩具を与えられた犬のような反応を見るに、ヴィクターは白だ。となると、消去法で考えるしかない──

つまり、生と死の狭間で感動の座談を繰り広げた、フランと名乗った少女。あれがもし夢ではなく、ハッキングによるものであったら?

ヴィクターの他に誰かがランケの顔を知っているとしたら、その可能性を考えざるを得ない。電脳や夢に対するハッキングなど見たことも聞いたことも無いが、死体が起き上がって超人的な力を得られる確率と比べればまだいくらか現実的であると言えるだろう。そしてもし敵対的な者がハッキングにより情報を得ているならば既に乗り込んできているか、何かしらの妨害はしてきてもおかしくない。ある程度友好的な間柄でハッキングをかけてくる者と言えば、フランの他に無い。

──こんなに回りくどい手法をとってくるのだ、何かしらの意図があると考えて間違いない。ヴィクターに知られたくないような──

と、端末を操作しているうちに全ての通信記録の洗い出しは終わったが、不自然なものは特に何も無かった。

「手がかりは何もなし、か。しかし手がかりが無いのが手がかりと言ってもいい。ヴィクター、あんたの想い人は相当な食わせ者かもしれないな」

阿威に関しても敵対、という感じでも無さそうだし、雇い主がフランなら少なくとも敵ではない。もし敵対する気ならハッキングの時に脳をトーストすれば良かったのだ。それをしてこないということはまあさしあたって敵対の心配は無い、はずだ。害がないなら放置しておいてもさしたる影響はあるまい。

用事があるならまたどこかでコンタクトを取ってくるだろう、とフランの捜索は諦め、ランケはブードゥーの魔女について考えることにした。

「魔女……ってんだから空くらいは飛ぶよなぁ、多分……石でも投げればいいか。情報屋なら何か知ってるかなぁ……?」

情報屋をあたるのもいいが、それほど金がある訳でもない。出せる情報も大したものは無い。昔の知り合いを頼るか──と思ったがそもそもランケは死んでいることになっていた方が都合がいい。ヴィクターは友達を当たると言っていたが、彼女の社交性からするとあまり期待できないのではないだろうか。

「いや、一個思いついたぞ、情報を買う方法。」

ランケは立ち上がり、下水道へ繋がる蓋を開ける。

「ヴィクター、ちょっと出てくる。戸締まりはよろしく」

端末に話しかけると「はいよー」と気の抜けた返事が帰ってきた。



都市の中心から少し離れた場所。設備の老朽化で打ち捨てられ、取り壊しの費用をケチった廃工場が立ち並びまともな一般人が近寄らないそこは、ならず者たちの溜まり場があちこちにある。 ある者は喧嘩の相手を求め彷徨い、ある者は老朽化した設備で違法な薬物を生成し、あるものは辛うじて生きているソーラーパネルを使って日々を怯えながら生きている。ランケが狙うのはその廃工場地帯の元締めだった。

「どう考えても、警備の人数が一番多いところに決まってるからな。」

ランケは屋根の上から呟く。深夜にも関わらず煌々と明かりのついた目の前の工場は、四つある入口の全てに銃で武装した見張りが二人ずつついていた。

「贅沢なもんだな。意味は全くないが」

屋根から空いている窓に飛び移り、音もなく侵入。一人だけいた廊下の見張りは首をへし折って声を出す間もなく無力化した。

「さて、ボスは何処だろうな。大抵バカと悪いやつは高いところにいると相場が決まっているものだが」

そもそも外出中の可能性もあるが、それならそれでまた来ればいい。少なくとも部屋がわかれば、次回の襲撃はもっとスムーズだ。

「こいつの服を借りるのは……なんか汚くて嫌だな」

せっかくのスーツと仮面だ。軍服のような明細になっているが見るからに安い生地を使っているし縫製も甘い。色落ちや色移りするのは嫌だし圧倒的に汗臭い。論外だ。

ランケは足元の死体を見やる。首のひしゃげたその姿を見られると厄介だし、使うことも無くなったので窓から隣の工場の屋根に放り投げる。日が昇る前にネズミの餌にでもなっているだろう。

その後も見張りの無力化とネズミの餌やりを続けながら探索しているうちに扉の装飾が無駄に豪華な部屋を見つけた。

「ここだな。見栄っ張りな野郎だ」

見張りが二人いたが両方の首を捻ってやり、工場の屋根に放り投げる。死して屍拾うものなし。いや、拾われてはいるのか。

「お邪魔しますよ、っと」

扉をぶち破ると、でっぷりと太った髭面の男が椅子に座っていた。

「見るまでもなく、あんたがボスだな」

「な、なんだお前は!?見張りはどうした!?」

「どうなったか、身をもって教えてやってもいい。もしそうなりたくないならお前の持っている携帯端末を貸してくれないか?」

「ふざけた真似を!!」

髭面の男は銃を抜こうとするが、懐に銃は無い。

「探し物はこれだろ?」

耳元でカチリと撃鉄を起こす音がし──文字通り耳をつんざく破裂音と共に、髭面男の生涯は幕を下ろした。



「よし、ビンゴだ」

逃げしなに指紋認証を解除し、自由に使えるようになった髭面の男の持っていた携帯端末を手に、工場の屋根の上でランケは呟く。

アドレス帳には情報屋の電話番号。知らない番号からかけられて電話を取るほど彼は愚かではない。ランケの携帯端末から連絡を取ると正体が明るみになる危険があるため、誰かの端末を奪う必要があったのである。

「悪人とはいえ、だいぶ悪い事をしたな」

髭面の男はこの廃工場を恐怖と麻薬と暴力で支配していたとはいえ、秩序は秩序だ。それを失ったこの地帯が明日からどうなるか、想像もつかない。

「ま、なるようになるだろ、多分」

と、ランケは情報屋に待ち合わせ場所と時間の指定のみのメッセージを送ると、端末をへし折って夜空にぶん投げた。









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