第14話
その夜、驚愕の色に顔を染めるヴィクターの顔を見ることになった。どうやら、興奮気味でよく聞き取れない話の内容からして、彼女にとって完全に予想外の出来事らしかった。
はいはいどうどう、と興奮する彼女を落ち着かせ、話をじっくり聞くためにコーヒーを淹れる。
何度も作っているうちに、ランケもそれなりに美味しく淹れられるようになってきたというものだ。
少なくとも色つきの合成飲料、という有様からは既に脱却していると言ってもいい。
そして、そんなランケ製のコーヒーを胃袋に流し込む、ようやっと落ち着いた様子を見せるヴィクター。それを確認し、目を何度も瞬かせている彼女に、お話どうぞと言わんばかりに手を向ける。
彼女はそれで水を向けられた気分になったのか、話し出した。
「興奮してしまったね、済まない………いやね、驚いてしまったよ。私以外に君のようなリビングデッドを作っている人間がいたようだ、だって……?まさかそんなこと……ねぇ」
「歯切れ悪ィな。まさか身に覚えのない息子です〜、とかそういう話じゃないだろうな。認知はしないといけないぜ?」
「君は私がそんなやつに見えているのかい!?だとしたら訴訟物だよ、そんなことはしたこともない!……だいいち私は……」
「はいはい、どうどう。分かってるよ、冗談じゃないか。で───何なんだありゃ」
ランケが疑問をはっきり口にすると、これまた難しい表情になるヴィクター。
しばらくうろうろと周りをうろつきながら、苦いものを口にしたように顔をしかめる。
そうして頭をガシガシと掻きむしり、ため息を落として、手を広げてこう返した。
「分からない。少なくとも”私”が科学的アプローチ主体で作成したリビングデッドは君一人のはずなんだ。だから、私以外の誰かが似たようなアプローチで作成したか──もしくは科学的な代物ではない産物、であるかもしれないということになるね……」
「───ほーん、例えば?」
「僵尸、って知っているかい?死体の額に札を張りつけて使役する1種のサーヴァントのようなものだ。ちょうど君みたいにね。問題はそれがオカルトとか、マジカルパワーとか、そういう方面の話であることなんだけど」
「へえ、僵尸ね。大陸の方の文化圏のやつかい。あそこの国のオカルトはなかなか厄介だと伝え聞くぜ」
「まさかそんなものがあるだなんて、今までの私は信じていなかったさ。───科学者だからね。実は生者の書なんてものも、半信半疑で手に入れて、君で実験したという側面があるんだ。結果はご覧の通り。科学的アプローチの中に、ひとつまみのオカルトで成り立っているケミカルXな状態になったわけだけど」
苦笑いしながら、そう返す。なるほど、確かにそう言われればそうかもしれない。
科学者という生き物は、というか物理的な現象に重きを置く生き物はオカルトなどあまり信じない……いや、現象としてそういうことが起きるとは知っているものの、それはあくまで科学的な現象で説明をつけるだけの知識がない人間が、説明するためにオカルト的な要素で物事を解釈しているのだと考えることが専らのオカルトに対する解釈だ。
だから、オカルトが現実にはっきりと物理学で説明のつかない不可思議な現象を起こすことができるとは思っていない。思っていなかったはずだが、今はどうやら
無理もない。生者の書などという、一昔前のホラー系の小説にでも出てきそうな与太話がよりにもよって現実だったのだから。そして、その体現者が自分で、それなら認めざるを得ないよな……とランケは考えをめぐらせた。
「多分、そっちの可能性の方が高いかもしれねぇな。なんせ、あのガキ───その生きた死体は自分のことを
「その名前は確かに大陸の方からの流れを感じるね───問題は”製作者”がほかにいるだろう、ということなんだけれどもね」
「それが問題だよなぁ……あと、よく分からないことをほざきやがってたぜ。ブードゥーの魔女が俺らを殺しにくる、だと」
「ブードゥー?魔女?これまた如何わしい概念が出てきたものだけれど……」
「多分、文字通りの咒師(まじないし)ってことなんだろうな。考える限り」
静まり返る室内。ちらちらと揺れる電灯の光が2人の顔を照らす。
銃器を持ったヤクザにカチコミをされるならともかく、そんなよく分からない存在にどうにかされるような想定はしていない。無論それに対する備えなんかしちゃいない。
呪いです、オカルトです、科学では説明のつかない現代最後の神秘です────だなんてのは、テレビでやっている与太話でしか聞かないし、実際そんなもんだと思っていたからだ。
「……とにかく、襲撃なりなんなりされるかもしれないというなら、そういったことにも備えないといけないよね」
「だな……俺も昔のツテを辿ってなにか出来ないかやってみるよ。そっちも──」
「もちろんさ、私も色んなお友達がいるから。そっち方面に明るいとは言えないけど、うん。やってみるとしよう」
とりあえずはそういう事にしよう、ということで終わらせた。ヴィクターにまずはその血腥い匂いをどうにかしたまえ───と言われたことで、ランケは自分がようやく臭いことに気がついた。
そのまま謝意を示してシャワールームに向かう。
明日からはやることが増えるな、などと笑いながら、ランケは頬を叩いて気合いを入れるのだった。
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