第13話
「どうしたの、お兄さん?もしかして殺しはお嫌いかな?」
無邪気な笑みを浮かべながら、阿威と名乗る少年は問いかける。
「……いや、どうせ生かしていてもこいつらのやることは変わらない。それより──何故、俺の名前を知っている?」
「なんてことは無い、依頼主からの情報さ。」
「依頼主……ねえ。俺の顔と名前がわかる奴なんてそうそう居ないと思うんだが。ましてやこの仮面とスーツだ。それを見ただけで名前が一致するような情報を持ってるやつなんて、なあ?まあその依頼主とやらは後でじっくりと問いただすとして。お前は何故ここにいる?ただ殺人パーティを楽しみに来たイカレ野郎って訳じゃないだろ」
「そりゃあね。殺しはあくまで手段。目的は資金とデータの調達さ。にしても思わぬ収穫もあったもんだ。いやぁ、嬉しいなぁ。お仲間に出会うのはもう何十年ぶりかな?」
「あいにくこっちはなりたてでね。あんたをお仲間とは思えないが……敵でないならこっちの目的を邪魔しないでくれると助かる。いや……」
阿威の座るテーブルに突っ伏している首のない死体。着ているやたらいいスーツに見覚えがある。
「既に随分な邪魔をかましてくれてるもんだ。目的の親玉をとっ捕まえてお話を聞こうとしてたんだが……死人に口なしとはまさにこの事だ」
「大丈夫大丈夫。君の知りたい情報なら、ほら、ここに」
と、阿威は小さなケースを取り出す。耐衝撃性に優れたカーボン製のメモリケースだ。
「高画質の動画で保存してある」
「くれる……って訳じゃ無さそうだな」
「奪い取ってみなよ。僕を倒して」
「子供を殴る趣味はないんだが……」
瞬間、ランケの姿が阿威の視界から消える。狙うのは阿威の小さな手に握られたケース、それだけだ。
「狙いがバレバレだよ、お兄さん」
ズガァン、とけたたましい音を立てランケは壁に激突する。まるで空を舞う羽毛に突進したかのように、阿威には手応えと言えるものがなかった。
「がっ……?」
「お兄さん、強いねえ。手がちょっと痛いや」
「奇妙な術を使う奴だ……!」
よろめきながらランケは立ち上がる。粉微塵になった壁材が血で真っ赤に濡れた床に白く散らばる。
「狙いが分かりきってちゃね。もっと殺す気でかかってこないと、僕には勝てないよ」
「嘗めた口を……!」
ランケはリミッターを解放する。脳の奥底、スイッチを一つ一つ入れるような感覚。
「二十パーセント……!」
全身に力がみなぎる。はじめて自分より格上であると感じる相手に、ランケの心は少し躍っていた。
「へぇ、まだ強くなるんだ。でも……」
弾けるような音が響き、ランケの姿が消え──次の瞬間、天井に叩きつけられていた。
「ぐぁっ……!?」
「痛いよね。力が増せば、その分反動も増す。力押しじゃ僕に勝てないよ」
落下し、地面に叩きつけられ、幸いにも死体がクッションとなりわずかに落下の衝撃を和らげる。
「力押し、か。そう見えたか?──三十パーセント……!」
スーツ越しにもはっきりとわかる程に、ランケの全身に血管が浮く。今までにない圧倒的な力がその体に満ちる。が。
「力押しじゃ無駄だって、言っても分からないかな?」
「どうかな。やってみればわかる話だ」
地鳴りと衝撃波を放ち、ランケの姿がまた消え──
「ぐっ……?」
膝をついたのは阿威だった。その右腕が酷く捻くれ、どろりと血を流す。
「解放で上がるのは何も力だけじゃない。動体視力、思考速度、動作の精密性──例えばお前から1度食らった技の動作を予測し、その動きの要の関節を握り潰すとかができるくらいにはな」
「あはは、いいねぇ。思ったよりやるじゃない。今日はこの辺にしとこうかな。僕も君も、まだもう一度死ぬには早いからね」
阿威はひしゃげた自分の腕など気にも留めていないかのように、楽しそうに笑った。
「負け惜しみか?」
「どうだろうね。とりあえず今日はお兄さんの勝ちって事で。もうすぐ「ブードゥーの魔女」が僕らを殺しに来る。死なないようにね」
ぽい、と無造作にケースが投げ渡される。
「おい、これが本物って保証は無……あれ」
ケースをキャッチしたランケが視線を戻すと、阿威の姿はもうどこにもなかった。
「すばしっこい奴だ。」
メモリを端末に差し込み、データを確認する。ウイルス等の害もなく、動画も適当に早送り再生をしてみたところどうやら信憑性のあるもののようだ。ご丁寧にいくつかの文書まで同封されていた。
「……帰るか」
メモリをケースに戻し、ポケットに仕舞うとランケは血なまぐさい匂いの漂う工場を後にした。
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