第12話

ヒーローという手合いがもっとも大事にしなければならないものとは一体何か?

考えてみよう。

例えば、スーパーパワーを持ちながらも、街を破壊しておいて、その被害を一顧だにしない化け物はヒーローと言えるだろうか?

問題解決を優先するがために、多くの人命が闇に消え去るのを良しとする者は、ヒーローと言えるだろうか?

悪を憎むあまり、そのようなヤツらの殺害に執心し、市民の不安を掻き立てるような者達は、果たしてヒーローと名乗る資格はあるだろうか?


答えは否、である。悪を殺し尽くすことしか出来ないならば、それは断罪者でしかない。

街を破壊したというのに、問題解決をしたから良しとするならば、ただの犯罪者の言い訳に過ぎない。

命が消え去るのを見過ごせず、小さなことに悩み、重みを知り、非難されても貶されても、それでも誰かを救おうとする気高い心こそ、ヒーローの資格であり、もっとも大事にしなければならないものだ。


その基準で言えば、残念ながらランケ・シュータという人間は───「ヒーロー」とはなり得ない存在である、と言わざるを得ない。

酷い言い方をすれば、コスプレをした自警団ヴィジランテと言ってもいい。

アメリカン・コミックスに出てくるようなスーパーパワーを得たが、それは彼に見合ったものでは無いのだ、と言わざるを得ない。

彼の本質は、むしろ守られる側の小市民に近い。その日の暮らしの糧を得ることに苦心し、そのためならば後ろ暗い仕事でも何とかこなす。家に帰れば、帰りがけに買ったバゲットやら何やらを詰め込んでぐっすり眠り、次の日に仕事があれば仕事へ赴き何も無ければ端末を弄ったり金になる仕事を探しに街へ繰り出す。

そんな彼が出来ることと言ったら大それたことではなく、むしろ身近な誰かや自分のためにちょっとだけ頑張ることだけ。

だから、きっとこれは当然の決裂であったに違いない。


◆◆◆


─────飛ぶ。

─────跳ねる。

─────駆け上がる。


影が、僅かに、瞬いて────。

夜闇の中を疾駆する。運動エネルギーの塊が風を切り裂き、誇りを巻き上げる。

刹那、踏みつけた足に力を込めて跳躍。

建物の屋根の上に乗り移り、そのまま再度跳ねるように駆けだす。

その影とは果たして、ランケであった。

ヴィクターに示された次なる標的は、場末の工場──に隠された麻薬工場、であった。

正確には、そこの元締めに位置する人物が、どうやらヴィクターとランケの敵である組織との繋がりがある、といった話だ。


麻薬───人類が有史以来用いてきた、原初の魔力を持つ物質。

その魅力は、人を壊し、家族を壊し、社会を壊し、そして───国を壊した。

なんなら禁止されてる麻薬を売りたいがために他国に喧嘩を吹っ掛けた馬鹿ども《ジョンブルども》すらいる始末。

ランケはそんな麻薬が、大っ嫌いであった。嫌悪どころか、憎しみさえ抱いていると言ってもいい。

何故ならば、彼の家族が崩壊した理由が麻薬によるものであったから。


父は真面目な男だった。母はそんな父を愛し、自分を育てた。幸せな家庭だった。

そんな父がある日仕事で体を壊し、働けなくなると、どこからそれを聞き付けたか分からないチンピラどもが父に麻薬を売りつけた。

その日から、家庭は崩壊した。父は自らの責任を──家族を護り、養うという責務を果たせなくなってしまった罪悪感から逃れるために、麻薬に溺れ、酒浸りになり、母と自分に手を上げるようになった。母は必死に自分を守りながら、身を粉にして働き、そして呆気なく死んだ。父は、それを受けて糸が切れるように首を吊って死んだ。


今でも思い出せる。そんな痛みの思い出。

父と母を恨んではいない。良い父と、母に恵まれた。それは確かなことだ。

だから、彼が許せなかったのは、真面目な父のの心の弱さに漬け込んだチンピラどもと麻薬だった。

だから。だから。

麻薬工場に着いた瞬間に、ランケの心に火がついたとしても、誰も責められはしないのだ。


守衛をしている傭兵崩れが、建物の屋根から降りて着地したこちらを見咎めて発砲する。

無骨な軽機関銃から発射された弾丸は螺旋運動を描きながら、ランケの命を削り取り、狩ろうと襲い来る。

だが、とても足りない。速さも威力も。

ランケのスーツは防弾性が高い。軽機関銃程度では貫けない。そして、その上ランケの肉体は超強化されているのだから、ほんのちょっと飛来する銃弾の側面を叩いてやれば、弾くこともできるし逸らすことも出来てしまう。


「ヒッ、ヒィィッ!来るな、化け物め!」


どこかの映画で聞いたような罵声の声を上げながら、敵がさらに己の得物を酷使していく。排出された空薬莢が地面に落ちる音を聞きながら、ランケは無造作に前に進む。

弾を逸らし、弾く。それを幾度となく繰り返した後に、敵が空になった銃の引き金を狂ったようにカチカチと引く様を目にする。

はぁ、とため息1つ吐き、そのまま近づいて腹を殴る。ゲホゲホを咳き込みながら倒れ──ようとするのを、髪を掴んで引き上げることで止める。


「なぁ、兄ちゃん。聞きたいことがあるんだ。アンタを殺しはしないから、アンタのボスがどこにいるか知らないかい?」

「カッ………ハ……あ、し、知らねえよ……!俺みたいな、し、下っ端が知るわけないだろ……ッ」「そうか、邪魔したな。あの世でおねんねしてるといい」

「え?殺しは」


タンッ、と軽い銃声が鳴る。カラン、と金属が落下したような音が響いた。

立ち上る硝煙を見ながら、拳銃をスっとホルダーに仕舞う。


「悪いな、ありゃ嘘だ。」


悪びれた様子もなく、ランケは銃を仕舞い込むと工場の奥へと足を運んだ。



それから十数分が経っただろうか。ランケは不気味な感覚を覚えていた。

不思議というべきか、不気味と言うべきか。

この時間であれば、否、この時間であるからこそこの工場は活気づいているはずなのだが、その気配が感じられない。

ありとあらゆる部屋を探索し、ベッドの下から机の隅まで探しているのだが、人の気配は感じない。

いや、たしかにそこには人が住んでいたり使っていただろう気配が残っていた。

単純に、人の影だけが見当たらない。


「こりゃあ……偽の情報をつかまされたか?いや、それにしては……」


故に、不気味。

故に、不思議。


何となくズレてしまったような、世界から切り離されてしまったような──

そんな気分を抱えながらランケはそのまま奥へと向かっていく。カツン、カツンと響く足音だけが彼の友達で。

普段ならば、怒号と殺意が撒き散らされている現場になっているはずで。

妙な薄ら寒さだけがランケを包む。


「と、ここか……よし。オープンセサミッ……と……あん?」


そのまま目当ての中心部に繋がる扉に手をかけ、意を決したように開く。すわ戦闘に入るに違いない、と考えていたランケの出鼻がくじかれた。

何故ならば、そう───


「あれぇ?お客さんかな?ごめんね、ここにいたお兄さんたちは全員旅行に行っちゃったんだ」

「……旅行……ね、あの世にって意味かい?」

「ひひひ、お兄さん皮肉が上手だね。ゴミ掃除に来たのかな……ん?あれっ」


全て殺されていたからだ。比喩ではない。血まみれの死体が中央部に集められている。

ねじ切られた腕、ひしゃげた足、凹んだ胸部。

素手によって殺害された形跡が、見えるだけでも十数体。

その死体の頭を掴みながら、あどけない声と口調でこちらに話しかける少年──そう、少年だ。あまりにも若々しい。見た目10代の頃だろうか。幼ささえ垣間見える。

その声の主は、ランケが返したジョークに笑いながら、持っていた頭をまるでリンゴのようにぐしゃりと潰した。

そうして手をぴらぴらと振り回して血を払うとら、ランケの方をぐるりと首を回して睨めつける。

と、途端にぽかんとしたような顔になって、不思議そうな顔をした。


「あれあれ?お兄さん……ランケ・シュータだよね?ありゃりゃ、まさかこんな所で会うなんて思わなかったよ!奇遇だねぇ!」

「……お前……ナニモンだ?」

「僕の名前は阿威ウェイ!お兄さんと同じ────生きた死体リビングデッドだよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る