第9話

「終わったよ。この中に全部入っている。」

「ご苦労。君にばかり手を汚させてすまないね」

ランケは小型コンピュータをヴィクターに手渡す。セブンスアームズの脳から吸い出したデータは小指の先程のメモリに全て納まっていた。

「構わないさ。運命共同体だろ、俺たちは」

「はは、そうだね。分析は任せたまえ。君の働きに報いるためにも、全力で終わらせてくるよ」

「ああ。死体はどうする?もしもう不要なら、綺麗にラッピングして、どこか目立つ所に置いてきてやるよ。」

彼女の言った示威だけではない。セブンスアームズにも、きっと弔ってやりたいと思う誰かがいるだろう。家族や友人、あるいは同僚。脳を焼き切られた死体を返して恨まれるだけだとしても、せめて弔いをする機会まで奪うまいと、ランケはそう思っていた。

「そうかい。君は優しいね」

そんな考えを見透かしたかのようにヴィクターは微笑む。

「な、何を言って……」

「誤魔化したくもなるか。亡骸については君の好きにしな。終わったら帰ってきて休むといい。自分の姿をよく見た方がいいよ。ほら、そこに姿見が」

ヴィクターに促されるままに見た、鏡に映るランケの服はボロボロだった。ジーンズはまだいい。二百年物のダメージジーンズと言えば何とかごまかせないことも無いだろう。ジャケットも袖がちぎれかけていた。このままでは世紀末のような着こなしになってしまうだろう。

「ズタボロだろ?あんな動きをしていれば無理もない。

服は通販で買ってあるけれど、届くのは偽装した住所の方だし、届いた段階じゃ布地でしかないからあと3日はかかる。スーツの方は大急ぎで作って、あと二時間くらいかな。」

「……二時間か。」

「休んでてもいいし、もし世紀末の旅人のような姿で街に繰り出したいならそれでも構わないさ。あ、そうだ。体の腐敗を抑える薬を渡しておかないと。錠剤タイプで、一週間に一回飲めば十分だ。コーヒーで飲んでも大丈夫だけど」

無造作に投げ渡された瓶には錠剤がじゃらじゃらと入っていた。週に1回飲むとして──半年以上は無くなりそうにない量が。

「いいのか?こんなに」

「ああ。足りなくなったら戸棚の上の棚に大きい瓶が六つはある。一世紀くらいは無くならないだろうね」

「信用してくれた、ってことでいいのか」

「どうだろうね。まあ、少なくとも君が私のこの綺麗な細首をへし折ったら私の復讐は頓挫するけど、それでも私が図らずも生み出した最高傑作には生きていて欲しいという親心が不意に湧き上がった──って言ったら、シュー君は信じるかい?」

「……親心、なんて言い出す歳には見えんがな」

「そういうことにしておいてくれたまえ。さて、と。私はデータの解析に──」

「それはもう、済ませてある」

「は?」

「俺は運び屋だが──なにも運ぶのは物だけじゃない。同僚はそうでもなかったが、情報の分析やら暗号化されたデータの解析なら実は結構得意でね」

「なるほど、私はシュー君を少し見くびっていたようだ。いや、むしろまだ見くびることができるところがあったことの方が驚きなんだがね。カメラでは何か妙なことをしていた様子はなかったんだが──」

「よっぽど大急ぎで俺を改造してくれていたんだな。網膜投影手術の痕跡にすら気が付かない」

俺は目元を指さす。小さいが微かに白く残った傷跡は生体に埋め込まれた小型端末の画面を網膜に投影するための手術痕だ。特段目立つものでは無いが、目の横にカメラを埋め込む位の知識がある人間が注意深く見れば確実に気がつく。

「──なるほど、君はどうやら私が思っていた百倍はオタク気質なようだ」

「そしてヴィーちゃん、あんたは俺が思ってた百倍はお人好しだ」

「ほう、どうしてだい?」

「あの日、俺が死んで奪われた荷物──あれは生者の書なんかじゃない」

「……」

「生者の書は、ヴィーちゃん、君が最初から持っていた。俺が死ぬのは想定外だったんだろう。1つしかない生者の書を──俺に使った」

「──荷物が届くのが遅いな、と気がついて位置情報を頼りに見に行ったら、死体が一つだけあってね。もう少し早く気がついていれば、蘇生も出来たかもしれないが──」

「セブンスアームズの脳みその中に、少しだけ君の情報があった。ブギーマン──俺を殺し、あんたの想い人を殺した組織が、あんたを全力で捕まえようとしていることも。見つかるリスクをとってでも、君は荷物の行方が知りたかった。そして危険も顧みず俺を連れてきて、生き返らせた」

「君が情報を持っているかもしれないと──」

「そんなことはどうでも良かったんだろう。俺にだって増設ハブはある。会社の福利厚生って奴だ。脳と直結はしちゃいないし、少し分かりにくい部分にあるが──わざわざ俺の体をいじったくらいだ。あることくらいはわかっただろう」

「ああ。特段珍しいものでもないしね」

「ならば何故、俺の脳もじっくりとグリルせず、わざわざ大事な生者の書を俺に使ったか。それが、ヴィーちゃん、君がお人好しだって証明に他ならない。」

「……随分と、飛躍した推理だ」

「荷物を盗まれたのは、俺の不手際でもある。すまなかった」

「殺された君が謝ることじゃない。私のせいさ。私がシュー君を巻き込んだんだ。私の身勝手な復讐に」

細い指が。その硬く握りしめられた手が震えている。

「──会わせてくれないか。君の大事な、アンリに」

「そうだね。シュー君にはまだ見せてなかったから」

地下の奥深く、巨大な冷凍庫の中にアンリは居た。清潔感のあるメイド服を着たその体には、首から上がなかった。

「あの日の荷物は──」

「そう。アンリの首さ」

「何故ブギーマンはアンリの首を?」

「鍵だからさ。奴らの知られたくない、ネットにありながら暗号化されたデータのね」

「なるほど。暗号表か」

「アンリにはコネクタが二箇所ある。胸元と、頭に1つずつ。二箇所同時に接続しなきゃデータは取り出せないし、壊したら奴らがデータを削除する機会は永遠に失われる。」

「そこまでして削除したいデータが?」

「ああ。君にわざわざ隠し立てすることももうないだろう──ブギーマンと、タンバ財閥の深い関わりを示すものさ。暗号化は時限式でね。2ヶ月もすれば暗号化が解かれたデータが各種メディア企業に送られるだろう。それが向こうのタイムリミットでもあり、こちらのタイムリミットでもある」

「データが流れれば、アンリの頭を保存しておく価値も無くなるからな。それまでに取り返さなければ──」

「私はもう、アンリと二度と話せなくなる。学校から帰ってきたら大事な人が首なしの死体になっている気分を、もう一度味わいたくは無いね」

ヴィクターの目の奥には熱く、そして暗い炎が渦巻いていた。

──ああ、彼女は二度も、アンリを失ったのだ。そして二度目は──

ランケはかぶりを振り、思考を振り払う。

「ああ、三度目はない。取り戻そう、アンリを。そうしたら──三人で、コーヒーを飲もう」

「アンリはコーヒーを淹れるのが得意でね。きっと君にもご馳走してくれるよ。」

ヴィクターのその言葉に、首のないアンリの亡骸が微かに微笑んだような気がした。


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