第8話
「こりゃまた、奴らも大層な手合いを用意したものだ。運ぶのは骨だったろう?フルチューンのサイバネ技術によるサイボーグとは……ここら辺ではお見かけしないタイプだし、贅沢な……見たまえ。こことかゴールドチタン合金だよ?どれだけ金がかかっているのか、想像したくもないね」
「ご明察、相当重かったよ。俺の強化されたバカ力でも……萎びたキューカンバーみたいな顔になりかけたところさ。それとおあいにくさま、俺は義体技術には詳しくないんでね。どうと言われてもよく分からん」
「ああ、そうだったね。君はズブの素人だった……んん、そうだな。言うなれば……やたらも金のかかった産物だと思ってくれればいい。とはいえ、フル合金とは行かなかったみたいだし。事実、腕はねじ切られてる。……ほんとにねじ切ったのかい?我が産物ながら恐ろしいね」
アジトにセブンスアームズと名乗る妙な輩を運び込み、その身柄をヴィクターに預けるや否や、彼女は俄に興奮し出す。
説明されたところによると、彼の──セブンスアームズの性別が分からないため便宜上彼と呼ぶことにする──体に施されたサイバネ技術は相当なものである、ということらしい。
確かにそこら辺のチンピラが施すような、そんな安物の義体とは一線を画す質であるように見える。
曰く、対腐食性も高く、固く、接合部も弱点なりに補強しつつ、全体的な機能を各部分が相互に干渉しあって向上させている……とのことだが、ランケにはさっぱりだ。
安物のコーヒーを飲みながら、手を大仰に上げる仕草をしつつ、ヴィクターの反応に対して雑に返すだけだ。
……ヴィクターとしては、相当高性能な品質をしているはずのセブンスアームズの腕をねじ切ったランケの肉体的性能にほんの少しだけ文句を言いたくなってくる。
こんな力が人体に向けられれば、即座にジュースどころかミンチすら生ぬるい惨状を簡単に引き起こすことが可能である、というのは火を見るより明らかだ。
我ながらなんでここまでしてしまったのか、という後悔をほんの少しだけ抱えながらヴィクターはセブンスアームズの頭にあたる部分に手を添える。
「で、ここからどうするって?奴さんおねんね中だが、尋問はどうするんだ?こんな体じゃ殴った方の手が拷問を受ける側になりやがるだろ」
ランケの疑問は最もだ。拷問や尋問、というのは主に生身の人間を情報源とした時に効果を発揮するものだ。肉の塊に対して暴力を用いるからこそ、効率的に破壊することができる。
では、今回のような義体化人体に対してはどうか?
残念ながら効果は薄いと言わざるを得ない。人体から繰り出される攻撃では傷をつけることすら難しくなってくるからだ。しかも、こういった場合は痛覚がシャットアウトされていることが多い。──単に傷つけたいだけなら迫撃砲を用いるなりすれば話は別だが、そんなことをすれば、拷問など成立するわけが無い。
で、あるからランケがどのように拷問や尋問を行うのか……それは不可能では無いのか、といった趣旨の言葉を口にするのは、ある意味当然と言える。
それに対して、ヴィクターは事も無げに返す。
「ああ、それは簡単だよ。ここ、見たまえ」
「あん……?頭……だな。そこの……ここか。ん?チップの挿入口?」
「そう、チップ──正確には脳に直結した記憶媒体の増設ハブと言った方が正しいんだけど、ここが使えるんだ」
「………!おい、おいおい、まさかお前。おっそろしいことをやろうとしてやがるな?なぁ、それはちと人道的にマズイんじゃねえか……?」
「はは、私が何をするって?答え合わせをしてみようじゃないか。言ってみたまえよ」
「お前は──そこから脳にクラッキングかけて情報を吸い出そうとしているんだろう?確かに理屈でいやあ可能だ……けど、それはよ」
「うん、その通りだ。脳に手順を踏んだアクセスを行うならまだしも、クラッキングなんてすれば脳が焼き切れたり、廃人になる可能性もあるね」
ヴィクターがやろうとしていることは、まさにそれだった。ここまで義体化が進んでいるのなら、比喩ではなく身体のほとんどが機械に置きかわっていると言っても過言ではない。暴力が通じないなら、電子的アクセスを試みようというだけの話。当然の帰結だし、誰しもがちょっと考えれば分かることであろう。
しかし、ある理由からあまりこの方法は歓迎されないのもまた確かであった。何故かといえば、脳が外部からの不正なアクセスによって焼き切れる──正確に言えば、脳と直結した機械のオーバーロードによって脳にダメージが行くということなのだが──ということが比較的簡単に起こり得るからだ。裏を返せば、比較的簡単に人を死に至らしめる方法というわけでもあるのだが、最初からそれが目的ならばいざ知らず。
尋問の方法としてそれを用いるというのは、あまりにも危険性が高いという話なのである。
だがしかし、ヴィクターはあっけらかんとした様子でそれに返答を返した。
「はは、今更そんなことを言うのかい?君も私ももう戻れないところまで来ているというのに?ここで1人や2人の脳を焼き切って殺したところで同じことさ。ぶん殴って脳漿をぶちまけながら殺すのと何が違うんだい?」
「いや……それは、確かにそうだが。なんつーか……あまりにも冷たい殺し方な気がしてならないというか。俺には……そのやり方は、ちっとばかし酷な気がするんだよ」
「ふうん……まあ君の言いたいことも分かる。サイバーリンクによる脳内機械のオーバーロードで破壊された脳は、マイクロウェーブを照射したのと変わらない状態になる……生きながらにして脳みそ焼き肉というのはちょっとだけ可哀想であると思わなくもない」
「だったら……」
「でも私はやるよ。私の大事なものを奪っておいて、横から掠めとって置いて、それで自分たちが殺されないだなんて勘違いをされたら困るんだよ。死体も示威行動に使うしね。脳を焼き切って夜のうちに……どっかに飾り立てておくさ」
「…………」
言葉も出ない、というやつだ。狂っている、と簡単に糾弾できたらどれほど楽だろう。
しかし、ランケにはその激情が渦巻く瞳と痛みを堪えているような声色を耳にし、目にしてしまったものだから。
何も言えないのだ。欠片も文句を付けることが、出来ない。自身が死体にされたにも関わらず、どこか達観したような────言い方を変えれば、諦めたような感じがあったランケとは真逆の熱量。死者には出すのことの出来ない、生きたものだけに許される特権とも言うべき心の情動。
怒り。苦しみ。悲しみ。それらが渾然一体となって、ヴィクターが復讐へと突き進むための燃料となっている。つい先日、ランケは何も分かっていない小娘のワガママに付き合うような感覚で、既に死んでいる身ならやれるだけやってみようというようなノリでリベンジを承諾した。
しかし、その感覚は間違いであったと今のこの瞬間にハッキリした。分かってしまったと言い換えてもいい。
─────彼女は自分がここで復讐を辞めると言っても、自分を肉の塊にしてから再び復讐の道を前進する。許さない、許さないと内心で猛りたち咆哮しながら、死ぬまで破滅への道を驀進するに違いない。
そして、そんな悲しく痛々しい様を見捨てて1人だけ逃げるということも、ランケにはまた出来なかった。
だから、ランケには振り絞るような声でその言葉を口にする以外、そのやり切れない心持ちを解き放つことが出来なかった。
「……じゃあ、せめてその作業は俺がやるさ。俺が捕まえてきたんだ、俺が責任を持ってそいつの脳みそからお望みのデータを引っ張ってくる」
「出来るのかい?君にそんな技術があるとは思わなかったが。人は見かけによらないものだねぇ」
「昔取った杵柄ってやつだよ。一時期ちょっとそういう小手先の技術を覚える機会があったってだけの話さ」
「……じゃ、お任せするとも。私は他にもやらなければいけないことがあるしね。主に君のスーツの製造作業とか。」
「ああ、分かったよ」
そう言うや否や、ヴィクターはそっとセブンスアームズの頭を地面に下ろし、彼の脳に接続されたコネクタが伸びる小型コンピュータをそのままランケに手渡した。
そして、そのまま蹴伸びをしつつ立ち上がり、奥の部屋へと消えていった。
「……はぁ、合縁奇縁。ままならねえもんだな。人生って……いや、もう俺は死体だったか」
死体となった時に、激情の一切を忘れたかのようにランケは怒るという行為をしなくなった。ムカつくことに対して、冷めた反応でしか返せなくなったと言うべきか。冷えた心臓では、熱い心を表出できなくなってしまったのだろうか。
復讐だって、実の所怒りによって行動を決意したものではない。生き返ることが出来るかもしれない、という撒き餌と他にやることもなければ行く宛てどないが故に、半ば流されて彼女に乗せられる形で実行を決意したに過ぎない。いや、決意すらしていない。
何となく、そう、何となくでここまで来てしまった。
けれども────
「あんな顔で、断言されちまったら……どうしようもねえよな。だったら、少しでも汚れ仕事は俺がやってやるしかねえだろうよ。あんたの大事な人との握手に、血糊は要らない……そうだろ」
ランケは”決意”した。悲壮な痛みなど要らない。痛い思いをこれ以上するのは自分だけでいい。彼女の手はこれ以上血で汚させてやりはしない、と大人の意地のような……ともかく、そのような心持ちで改めて復讐へ身を投じることを決めたのだ。
で、あるから。ランケは頭をポリポリと掻いて。昼下がりのランチを店員に頼むような気軽さで。
「悪いな、あんたに恨みはないけど。ここで終わってくれや。あんたの7本腕、かっこよかったぜ」
カチッと音を立ててエンターに手をかけ、彼の脳みそから求める情報を吸い上げる。だんだんと命の削れていくような、そんな感覚がランケを襲う。
そして、そのままセブンスアームズと呼ばれた1人の存在の命の灯火は、電子の海の中に消え去ったのであった。
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