第7話
「さて、君の遊び場を用意したよ。存分に遊ぶといい。場所は端末に転送しておいたから」
ヴィクターが端末を操作すると、ランケの端末が振動する。メールに記された座標は、見たところただのオフィスビルのように見えたが──
「これが敵のアジト、って訳だ」
「ああ。存分にとは言ったが、一つだけ。お土産は忘れないでおくれよ。人でも、情報媒体でも、両方でもいい」
「君のヒーローごっこに必要なものも取り揃えておいたよ。下水道を伝って、この座標に行くといい」
「ここは……倉庫か。随分と準備がいいな」
「何か勘ぐってるようだね。ヒーローってのは、第一話から格好いいスーツを着るものだろ?博士の準備がいいのもいつもの事だ」
「今はそういうことにしておこう。」
再び下水道を通り、ランケは倉庫に入る。まず目についたのは、アスファルトの様に真っ黒なバイクだった。ご丁寧に整備のための器具まで、天井から垂れ下がっている。
「本当に、仕事が早いこった」
ネジの模様があしらわれた髑髏のような仮面、マント、傷口のようなステッカーで装飾されたフルフェイスのヘルメット、そして厚い革の手袋。
「なあ、これだけ用意しておいてスーツはないのか?」
これだけ入念に準備されて、ヒーローごっこと言いつつもスーツだけないのは奇妙である。スーツを保管しておくケースのようなものは部屋の端にあるのも、その違和感を増すのには十分な材料だった。
「すまないね、納期が間に合わなくて」
「そうか。ならあるものだけ有難く使わせて貰おう」
ランケが配達で使っていたものの何倍もの馬力を誇る漆黒のバイクは、ヘッドライトも眩く日の暮れた海沿いの道に躍り出た。
「いいな、こいつは紛れもない名車だ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。スピード違反には注意しておくれ」
「ああ、見つかっても振り切ってやる」
呆れたような溜め息が端末から聞こえた。今日のランケを止められるものがあるとしたら、神か、あるいは死位のものだろう。そして彼は今──自分が死であり、神であると確信していた。
「なあ、聞いたか?D77地区担当の組員四人が、突然消えたって話」
「ここじゃそう珍しいことでもないだろ、兄弟。強盗に襲われたか、どこかでドラッグでもキメてるか、女でも抱いてるだけさ」
オフィスビルに偽装したアジトの前で、スーツ姿の見張りの男2人はヒソヒソと話す。勤務中の私語は禁止されているが、小声で話している間はわざわざそれを指摘してくる暇な奴はいない。
「いや、どうだろうな……今日の昼過ぎの話とはいえ、規律にそれなりに厳しいうちの組員がショバの見回り中に連絡もなく消えると思うか?」
「まあ、向こうで何があったにしろ6ブロックも先の話さ。何かあったとしても、火の粉がここまで飛んでくる前にはない。それに、ここにはセブンスアームズさんも──」
突如、頭上高くの窓が内側から割れる。
「うわっ!なんだァ?」
ガラスの破片と共に落ちてきたのは、スーツ姿にワックスできっちりと固めた髪を血に濡らした構成員だった。
「ガッ……グブッ…… 」
大量の血を吐き事切れた構成員を見ながら、2人は小声のまま言葉を交わす。
「中で何か起こっているみたいだな……どうする?」
「俺たちが入ってどうなる?多分死ぬぜ」
「俺たちは守衛だ。生き残っても責任を取らされる」
「責任つったって降格か悪くて指くらいだ。死ぬよかマシさ。それに何が起こってるか分からないが、今ここでドンパチやってるやつは正面から入ってきてない。責任取るなら裏口のやつさ」
「そうだな。俺たちは何も見てない。セブンスアームズさんもいるしな。なんとかなるだろう」
血まみれの構成員の死骸を大きいドブネズミが群れになって引きずっていくのを見ながら、2人は配置に戻った。頭上ではまた窓が割れていた。
「ハアァ……ずいぶんド派手にやってくれちゃったじゃないの、侵入者さん。」
ビルの中。銃弾を躱し、ナイフをへし折り、人を窓から放り投げ八面六臂の戦いをしていた侵入者──ランケの前に現れたのは、尻尾を背中から垂らし六本の腕を持った、スーツ姿の痩せた男だった。
「人がいい気分で戦ってる時にボスキャラまで出てくれるとは、随分と景気がいいな。そのスーツいいね。特注?」
「ハァ?命知らずのバカか……俺の大事な同僚を散々殺しまくってくれちゃった落とし前、払わせてやるよ。この、セブンスアームズが──!」
痩せた男──セブンスアームズは腕の1本を目にも止まらぬ速さで振るう──が。
「落とし前、か。俺もあんたらには少しだけ恨みがあってな。」
いつの間にかその背後にいたランケの両手には、火花を散らす2本の腕が握られていた。
「義体か。今日からフィフスアームズと名乗るといい」
がらん、と二本の腕を地面に落とし、ランケは振り向く。ネジの模様で装飾された髑髏のような仮面は、まるで死神のように見えた。
「ふざけた野郎が……」
「あんたはちょっと強そうだし、なんか知ってそうだしな。お土産はあんたでいいか。どの腕が本物だ?全部義体?」
「お前のような奴に!!」
セブンスアームズが繰り出す雷光の如き尻尾の突きさえも、ランケは軽々と躱し根元から引きちぎる。
「こんな……こんなことが──!」
「情報端末のある場所を教えろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「お前に教えることなど何も無い!!」
「なら虱潰しに当たるだけだ。」
雑に頭を殴られ、セブンスアームズの意識は途絶えた。
「思ったより……暴れられなかったな」
セブンスアームズを縛り、袋に詰めながらランケは不満げに呟いた。構成員はセブンスアームズ含め全員戦闘不能。あとは情報端末をごっそり奪って帰るだけ。隠蔽のためビルを更地にしてもいいが、そこまでする気にはさすがになれなかった。わざわざ隣のビルによじ登った後のヒーロー着地で痛めた右膝は、痛覚が鈍くなっているとはいえまだ僅かにズキズキと痛んでいた。その痛みも引きつつあるあたり、治癒力も並大抵ではないようだが。
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