第6話
「ところで、なんだが」
「ん?なんだい。質問かな?」
ヴィクターが浴室から上がり、髪を拭いているのを横目に見ながら話しかける。
いやにフローラルな香り──柑橘系か、その類のモノだろうか──が鼻をくすぐるのを感じながら、疑問を口にした。
「俺の体、生前じゃあ絶対不可能な動きが実行可能になっていた。さっきも聞いたが」
「うん、そうだね。そうなるように改造したからね。これもさっき言ったか。君の思う10倍くらいは、って」
「まどろっこしいのは嫌いだからハッキリ聞くぞ。”どこまで”こんなふざけた改造をしやがった?そして今の俺は”どこまで”出来る?」
「さて、それは私も微妙に分からない。筋繊維の強化、視聴覚および動体視力機能の増強、内臓機能の向上、治癒の促進、恣意的なアドレナリン分泌が可能、と軽く並べてみてもこれだけある。それがどう作用してどうシナジーを得るかは私にも分からない。なんせありったけの強化をしてみたからね」
「ハッ、まさに御伽噺の化け物になっちまったって訳か?マザーグースにでも使われるようになるんじゃないかそのうち」
「そうなったらそうなったで悪くない話だと思うんだけどね、私は」
「抜かせよ、俺はサンドマンにもクルックドマンにもなる気は無いぜ」
軽口を叩きつつ、ランケは情報を聞き出す。今は、いや、当分味方だし全部が終わったあとも長い付き合いにもなりそうな──”主治医”という意味で──ことが分かった以上、その相手から何が出来てどこまでが限界か、ということを聞き出したいと思うのは、至極当然の感情だろう。
ちょっとばかし体をいじられて、甦っただけかと思いきや、ナードが読み耽るようなコミックに出てくるヒーローめいた挙動すら可能になっているかもしれない、という事実に、有り体に言ってしまえばランケは二の足を踏んでいた。
いや、正しく言えばおっかなびっくりしている、と言った方が正確だろうか。未だに、ちょっとだけ飲み込めていないのだ。まさか、そんな信じられないことになっているなんて。
そんな深い衝撃がランケの総身をめぐり切った直後、ふつふつと湧いてくるものがあった。
激情と呼ぶには穏やかで、喜びと呼ぶには凪いでいる。そんな感情のまま、気づけばランケはヴィクターに対して、さらに言葉を続けた。
「で、だ。情報は聞き出せたんだろうから、次は俺のワガママも聞いてくれやしないかね」
「ワガママね?一体何がしたいんだい、欲しいものでも?」
「いんや、多少暴れても音が響かないようなアジトか人のこなさそうな山のアテがあれば教えてくれ。んで連れてってくれ」
「ふぅん……今すぐに、とは行かないだろうけど、それでいいのかい?」
「ああ。アンタがご丁寧に改造してくれやがった俺の”性能”を確かめないことにはやれることもロードマップも立てられやしないと思うが?例えば、なんとかヴァリンみたいなアホ性能だとしたら、やれることも広がる。ニューヨークの親愛なる隣人のようにあちこち飛び回って、アンタの欲しいものを手に入れるための目と耳になれるかも知れないだろ」
「君は随分と自由と平和の国の産物に詳しいみたいだね?」
「ガキの頃に沢山見た。もう骨董品レベルの娯楽だから安く手に入るのがウリだな」
例え話を挟むのはランケ悪い癖だ。それも前時代のヒーローコミックの話なんぞ持ち出されて分かる人間など、あまりいない。
僥倖なことに、ヴィクターには通じたようである。つまり、彼が一体何がしたいのか、という話であるが──非常に簡単な事だ。
「はは、スーパーヒーロー着地は膝に悪いからやめたまえよ。痛めるかもしれないしね」
「そしたらあんたの腕前が悪かった、という話でカタが着くだろ。火星撃ちでも試してみようか?銃なら、安物だが手に入ったんだし」
「オサム・テヅカの作品のような真似が出来たら上出来だろうけどね、まあどっちにしても君は子どものような所があるんだね」
手に入れた力の試運転──例えるなら、ご機嫌なスーパーカーを買ったら乗り回したくなるような。
そんな心持ちが、今の現状をやっと呑み込めたランケを襲っていたのである。
スーパーパワーを手に入れたならそれを使ってみたい、出来ることを試してみたい。
今やれることを確認することが目的達成のために最も必要な事だ、とか、何が出来るかが分からなければ何をすればいいのかという計画すら立てられない、とか、そんな言い訳が浮かんでは消えるし、それを実際盾にする気でいた。
しかし、本音は───あまりにも幼稚でありつつ、男なら誰しもが抱くであろう憧憬の塊。
「つまるところ、いろいろ理屈をこねているけど、本音は試してみたい、遊んでみたいんだろう?私が与えて、君が得た力をね」
「ああ、その通りだ。だからワガママなんだよ。叶えてくれよ、ヴィーちゃんサマ」
「分かったよ。実際必要なことだし。さっきも言ったが少々待ちたまえ」
ランケはニッコリと、ヴィクターは呆れたような苦笑を浮かべて握手を交わした。
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