第5話
携帯端末に表示された時間は昼過ぎと言ったところか。日付も、死んだ日から1日しか経っていない。
仕事が早いのか、はたまた大急ぎで俺の体を修繕してくれたのか。用意が良すぎるのが気になる気もするが──
「まあ、構うまい。やることが変わる訳じゃないんだ」
市場の奥の方。買うのは遅効性の痺れ薬。無味無臭のものだ。需要も供給も少なくやたら高価この痺れ薬は、ランケのろくでもない同僚が時々使うと自慢げに話していたもので、彼もまさか使うことになろうとは思いもしていなかった。
早計かもしれないが、次の買い物がいつになるかわからない。早めに準備しておくにこしたことはないだろう。
「あとはその辺で銃でも買って……どうせどこで買っても警察の横流し品だろうしな」
と、俺の耳元で囁くような声がした、気がした。
「なんだ?」
「やあやあ、シューくん。珍しいクスリを買うね。もしかしてそういう趣味かい?」
耳元から聞こえるヴィクターの声。どうやら生き返る前にマイクでも仕込まれたらしい
「盗み見とはいい趣味だな。俺の目にカメラでも仕込んだか?」
「正解。正確には目の横だけどね。残念ながら、その毒は私に効かない。私を殺したいんだったらフグの薄造りでも用意するんだね。大方生者の書を手に入れてから私と敵対した時の用意のつもりだろうけど──安心したまえ、君は肉体の損傷を直せれば十分。私はアンリの魂を呼び戻せれば十分。互いの利益を損なうことはないし、協力関係は揺るがないよ。それに、だ。生者の書を使えるのは私の研究と頭脳あってのもの。君の浅知恵じゃ春本のがまだ役に立つ」
「俺のやることくらいお見通し、って訳か」
「その毒、後で私のコーヒーに気が済むまで盛ってもいいよ。独特のコクがあって結構いけるんだ」
「遠慮しておく」
「さて、と。楽しいお話はこの辺にして、シューくん
お客さんだ。六時の方向から四人。大漁だね」
「まだ武器もないのに、随分と早いお越しだ」
ランケは彼らに気取られないくらいに足を早める。が、向こうは気づかれても構わないらしく、ランケを指さすと、全力疾走で追いかけてきた。
「この市場は彼らの縄張りでもあるからねえ。たまたま見回りと重なって、彼らも運が悪かったね。」
「どうする?この人数だと分が悪い。一旦撒くか?」
「安心したまえ。武器ならある。君自身だ。さあ、戦いたまえ。リミッターを一割くらい緩めてあげよう」
その声と同時に、ランケの体に言い様のない、タールのように粘つく、しかしふつふつと湧き出るような力が湧く。
「よぉ、先日はどうも、俺を殺してくれちゃってねえ──」
一斉に、四つの銃口が向けられる。破裂するような音が四発立て続けに響き──その時には既に、ランケは追手達の背後に回り込んでいた。
「どうも。二回も殺されずに済んで助かったよ。銃を買う手間も省けた。」
奪い取った四丁の拳銃を見せびらかすと、追手達は何があったのか分からないとでも言いたげに目を丸くした。一瞬の後、逃げ出そうとした四人は容赦なく殴りつけられて気絶した。
「随分と人の体を好き勝手いじってくれたみたいだな。ただの運び屋だった俺がここまでやれるようになるとは」
「君の思ってる十倍は軽く弄ってるよ。そいつらを連れて帰っておいで。コーヒーとお菓子を用意して待ってるから」
「──ああ」
「誰がどの情報持ってるかわかんないから殺さないでおいてね」とのヴィクターの弁に従い、落ちていたズダ袋に追手を1人ずつ押し込みランケはアジトに戻った。
「いいのか?敵対する組織の人間をアジトに連れ込んで」
「おかえり。いいんだよ、ここは数十とあるアジトの一個でしかない。引越しにちょっと手間はかかるけど、わたしはここのじめじめした空気が気に入らなかったから別に引っ越したって構わない」
「そうか。それでいいなら構わないんだが」
「うんうん。大事なのは情報だよ。本部の場所すらわかんない、なんなら名前すら本当にこれで合ってるのかわからない組織にたどり着くために一個一個情報を手繰り寄せていく、これこそカタルシスだと思わないかい?」
「一個一個手繰り寄せる度に荒事が起きて、それをするのが俺かと思うとうんざりするね」
「大丈夫、次の時はもっとお手柔らかさ。さて、僕はこの人らとお話があるから、シューくんはお菓子でも食べておいでよ」
「そいつらが口を割ると思ってるのか?」
「もちろん。死ぬまでお話するし、死体を操り人形にするなんて造作もないからね」
「俺も付き添った方がいいか?」
「スプラッター映画が好きなら付き添った方がいいね。嫌いならお菓子とコーヒーをお上がり」
「……」
注がれたコーヒーはしなびたもやしを茹でた湯のような味だった。一緒に出された菓子は既製品らしく、そんなもやし湯を少し中和してくれた。数時間後、服を真っ赤に染めたヴィクターが「いい汗かいたなぁ」と浴室に消えていくのを横目で眺めながら、ランケはヴィクターと敵対せずに済めば良いな、とさえ思った。
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