第3話

「ほら、できたよ。合成物とはわけが違う」

テーブルに置かれたカップには、闇夜そのもののような真っ黒な液体。 コーヒーはこんなに真っ黒なものだったか、と思いながらもランケは液体を口に含む。瞬間、芳醇な苦味と刺激的な苦味、そしてそれらを凌駕する圧倒的な苦味と共に、焦げ付いたような苦味が味蕾を包んだ。

「……合成コーヒーの方が美味かったな」

「馬鹿舌だね。豆の選定から焙煎にまでこだわり、天然絹のネルでドリップしたこの至高の一杯が……なるほど、これは合成コーヒーの方が美味いね。失敬」

と、言いながらもヴィクターは音一つ出さずカップを空にする。

「よく飲めるな。俺の生きてた頃だったら吐き出していたと思う」

「出したものと出されたものは残さない主義でね。死んでて良かったね」

「で、なんだ復讐ってのは。」

「文字通りさ。君を殺した組織、そして私の大好きだった人を殺した組織を、君を使ってぶち壊す。君の復讐も兼ねてね。悪くないだろ?」

「面倒事に巻き込まれたくないから協力しない、と言ったら?」

「君の自由さ。ただ、君の防腐処理には定期的に特殊な薬品の摂取が必要でね。調剤の経験や薬剤師の資格は?」

「あったら運び屋なんてしてない」

「そりゃあ残念だ。私と復讐から解放された君の体は少しずつ腐り落ち……寒いところに行けば腐敗はゆっくりになるだろうから──まあ、数週間くらいは持つかもしれないね。自分の体がゆっくり腐り落ちていくのを見続けるのに、人間の精神が耐えられるのかはまた別の話だけどね」

「──協力せざるを得ないって訳か」

「そうなるね。協力してくれるよね?」

「ああ、腐って死ぬよりはマシだ」

「では契約成立だ。改めてよろしく、シューくん。」

「で、何をすればいいんだ?」

「そうだね──まずは、街に出て楽しく買い物でもしてくるといい。君の運んでたブツはかなり珍しいものでね。わざわざハッキングして君の顔写真を手に入れてでも奪いたいものだったことは想像に難くない。つまり君を殺した奴らは君の顔くらい覚えてるだろうね。そして殺したはずの奴が、何事も無かったみたいに楽しくお買い物をしてたら、シューくんならどうするかな?」

「見間違いを疑うか──とっ捕まえてもう1回殺すかだろうな」

「そう。おそらく後者だろうね。奪われたブツから考えても」

「なんだ、そのブツって」

「生者の書さ。魂を呼び戻して死者を蘇らせ、その肉体すらも再生する秘術の記された、ね。」

「なるほど。つまりそれを取り戻せば俺の体も元に戻るかもしれない、と」

「そういうことになるね。何故奪われた荷物の中身を知ってるのか、聞かないのかい?」

「多分、あんたが荷物の送り先だったんだろう。そしてたまたま手に入った俺の死体を今使ってるということは、他にそれを使いたい理由がある、と」

「ああ。一縷の望みでしかないけどね。殺されちゃった僕の愛しいアンリの氷漬け、見るかい?」

「いや、いい。教えてくれるとも思ってなかった」

「あたしもシューくんも、復讐したい相手が同じで、手に入れたいものも同じ。運命共同体に隠し事をするとろくなことにならないからね。さ、分かったら買い物に行っておいで。ここがバレると不味いから、そこの部屋にある入口から下水道を伝って街に出てね。あ、そうだった。はい」

ヴィクターはランケに袋を投げ渡す。

中には紙幣と共通貨幣トークン、硬貨が数枚ずつ。

買い物には十分な金額だった。

「ありがとう、行ってくる」

「夕飯までには帰っておいで。今度こそ美味しいコーヒーをいれておくから」

「ああ、あまり期待せず楽しみにしてるよ」


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