2-23

 そのあとが大変だった。僕のせいだ、と泣きじゃくる十五歳の少女をなだめ終わって、医師さんはさっきまでの優しい声色とは別人格かなって感じに凄味をきかせ「で? どなたのせいでしたっけ?」とギンッと振り向いた。


 シュガーポットを傾けて底のほうの角砂糖を取りだそうとしながらゼクーくんは平然と「まったくひどい話だな。連中にはきちんと制裁措置をとっておいたぞ」とのたまって、そこにうつむきかげんの愛煙家さんがゆらりとドアからやってくる。


「……記憶で、なにを見ましたか、顧問」


 感情の抜け落ちた人形のような様子で両手のライフルをゼクーくん目がけて連射しだした。あの、此処僕の自室なんだけど。あわあわと眺めてるうちにリビングは蜂の巣みたいになっていった。


「――わたしは」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「わたしは、ロットーさんを」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「人権侵害しろとはメールに書いてません、顧問」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「救ってくれと」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「書いたのに」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「この子に、まだ終わってないって」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「あなたは終わりじゃないって、言うために」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「なのに顧問が」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「ロットーさんを」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「追い詰めるなんて」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「トラウマ増やしてくれなんて」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


「誰が頼みましたか、キチガイ」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド。


 しかも撃つだけじゃなかった。スカートをまくしあげて真っ白なふとももをあらわにするとレッグホルスターからナイフを数本投げたりその隙に髪の毛から毒針を大量に投げたりコートの裏から手榴弾を数えきれないほど投げたりなんかやばいものを存分に投げた。ほんとにこれで国際戦闘資格Cランク? おそろしいんだけど。


 ズドドドドドドドドドドドドガッシャンガンドドドドカーンドドドズドドバーンガシャーーーーン。


「――ちょ、ちょっと、待って、僕の部屋が壊れるってばあああ!」


 愛煙家さん、これはこれでトラウマものだよ?


 件の標的が面白がってよけることしかせず愛煙家さんをいっこうに制圧しようとしないので誰も止められなくて僕の部屋は瓦礫だらけの廃墟みたいになった。


 私物ほとんど無いからまあ、別にいいよ……う、泣きそう。


 ワカメ先輩の写真と花だけは綺麗に無事だった。


       ◆


 時刻は二十時をまわっていた。僕たちは場所を移して全員でミーティングテーブルを囲み、着席する。愛煙家さんは一服しつつライフルを顧問に向けてガンッッッ! とテーブルへ叩きつけて設置し、顧問は舐め腐った態度で銃口の真ん前の椅子を選んでふんぞり返り、医師さんが自分ではまともに撃てない散弾銃を愛煙家さんに貸しだし、そっちもライフルの横にガンッッッ! と設置された。僕の席は銃口から一番遠いところに定められ、〈防弾〉で守られ、アイスココアが置かれ、みんなはそれぞれワイングラスを手に取った。


「さて。飲む前に確認事項が数点ある」


 楽しすぎて踊りだしそうな声でゼクーくんが切りだす。


 銃声が響いた。


 あのね、ゼクーくんそれ喜んでるよ。怒りの対象者をこれ以上楽しませてどうするんだよ。僕は呆れ果てる。


「順を追って説明する。まず新米、術紋を顕現していただけるか」


「え? うん、分かった」


 僕は手の甲が見えるようテーブルの上に載せた。刺青のような複雑な模様が手の甲にゆっくりと浮かびあがる。魔術師だけが持つ紋章で、偽造不可能な絶対的身分証だ。


「ふむ」


 ゼクーくんが頷き、軽く咳をしてから(咳払いではなくリアルの咳だった。髪を乾かさなかったからだとおもう)、ショッキングな発言をした。


「魔術師が術紋を持つように、王族も紋章を持つ。国王は『玉紋ぎょくもん』、その配偶者と子は『王紋おうもん』といい、周知のとおり魔法でにせものは作れない。ここでだ。三番が王守として他国王宮に潜りこんだのは、黄山国コウセンコクの国王が紋章を生前喪失している可能性があったためである」


 紋章の喪失……?


 僕だけがよく分かってないふうなのをゼクーくんは丁寧に補足説明した。


「紋章はそれぞれ所持者のルールが設けられている。玉紋の場合は国王として相応しいことだ。多少の誤ち程度では失うことがないゆえめったに無い事象となるが、墓無しになった、暴君として限度を超えた、不治の病になったなど、明らかに国政を任せられない人物からは紋章が生前喪失する。要は、国王としての資格を失う。三番はそれを調べるために王守という立場から黄山国国王へ近づき、九年を費やし、ついに先日その証拠を記憶した」


 愛煙家さんが沈痛な面持ちで引き継いだ。


「……国王のいのちを狙う何者かに王宮が襲われ、敵が玉紋の隠伏を無理やりとこうとした、とアスさんは話していました。ロットーさんは分からないかもですが、紋章を本人以外がいじくることは効果的な攻撃となります。紋章の怪我や、最悪死に繋がり、そこまでいかなくても激しい痛みで発狂しかけるほどなんです」


「それは説明を受けずとも経験があるよな、新米?」


「あーあれね。食堂でいきなりゼクーくんにやられたやつじゃん。死んだほうがマシって痛みだった」


 銃声が響いた。


「はあ……はあ……このキチガイが、どこまでロットーさんに危害を…………えーとですね、そのときまわりにいた王守たちが血相を変えて国王に駆け寄ったところ、昏倒させられていた黄山国国王の紋章は単なる刺青でした。痛くも痒くもありません。この場面を目撃したであろう数人の王守がこのあといわれのない罪で〈死刑〉処分されています。アスさんがいのち懸けで持ち帰った〈供述書〉が唯一の証拠なんです」


「えっとさ、それってつまり、僕がおもうには、」


 ゼクーくんが鷹揚に首肯した。


「ああ。現在国王と名乗っている彼はにせものであり、黄山国王室は紋章を喪失したことをひた隠しにして玉座に居座っている。ほんとうの国王は別人だ」


「えええええっええ!? ひえ……やばくない?」


「そのとおりだ。やばい。そこで三番の〈供述書〉を受けて医師がさらなる情報をつかんだ」


「はい。北支局魔法鑑識課のゴウさん――シルバーアクセサリーさんから情報をいただきました。我が国紅龍国クロウコクから北西に位置する黄山国は、北支局が担当です。情報は、反魔団体の一部と協力して魔法実験をしているというものです。具体的には黄山国王宮使者と反魔団体との接触を裏づける〈供述書〉を得ました」


「ほへえ……」


「ロットーさんも国営チャンネル等でニュースをご覧になったことはございませんか? 黄山国が蒼花国ソウカコクで民間人に違法な魔法人体実験を行っていた、その研究所を守るために反魔団体が機構職員を襲った、等々……しばらくおおきくニュースに取りあげられておりましたよ」


 愛煙家さんが次の煙草に火をつけた。


「えっとね、反魔団体は機構のことを『魔法によって世界を裏で牛耳ってる』と主張しています……わたしたち機構はそのせいで表立った行動を起こせません。目立てば反魔団体に糾弾され、一般人たちから避難の目を向けられます」


「ふん。いまだに世界政府も黄山国に介入する気配が無いしな」


「俺たちとしてもできる限り歴史を変えぬようそっとしておくつもりだったのですが、黄山国は最近調子に乗って戦争ばかり仕掛けるようになっています。紋章が無いので失うものも無いと開き直っているのでしょうね。我が国ではミレイニア前王が体調を崩されており、亡くなられたタイミングで混乱に乗じて黄山国がなにをしてくるか分からないということで、警戒を強めることにしているのです」


「新米、術紋をしまっていいぞ」


「おーけー」


 僕が術紋を隠伏して手をおろすとゼクーくんが咳をしながら続けた。


「紋章は、現代失われた古い技術である『原始魔法』で作られたものとされている。真偽は不明だが、黄山国はこれの研究をして玉紋を取り戻すため、違法な魔法実験を繰り返し、他国の王族をも執拗に狙っている。そこで執筆課が一番狙われる可能性の高い月白市国ツキシロシコクの王女を救出に向かうことに決め、我々にその話がまわってきた」


「うーん? 聞き覚えの無い国名だね?」


「小国だからな。――月白市国について調べるために反魔団体の記憶技術者を数名〈供述調書〉にかけたいとおもっていたところ、都合よく四人も生け捕りにできた。状況確認は以上だな。非常に楽しい時間だった、貴方がたに感謝申しあげる」


 僕がツッコミを入れる前に景気よく銃声が響き渡った。顧問は嬉しそうだった。医師さんと愛煙家さんがブチギレてすごい剣幕でまくしたてる。


「――社会不適合者グレイエスが珍しくアスさんと親しいということは広く知られた事実でした――グレイエス単体では反魔団体に狙ってもらえないからと――まあ毎回敵をひどい目に遭わせていますからね、あちらだってグレイに惨殺されるくらいなら不老不死の魔法研究を諦めるでしょうよ――グレイエスはゴミ的思考で『友人を失って自暴自棄になっている』演技をし、敵組織に潜りこみ、記憶技術者を四人つかまえました――」


「ううう、それでわたしたちがアスさんを悼んでいるときに『気は済んだか』とむごいことを言って場を掻き乱し、その隙にロットーさんを易々と連れだしたんですね――」


「ちっ――そういうことか――――脳味噌に常識を保存したチップでも埋めこんでやりましょうか――自暴自棄になって若い魔術師を守りながら体調を崩した不死者がそのへんをうろついていたとしたら、そりゃ反魔団体も欲しくなるでしょうね――」


「ひどい言い草だな? 面倒くさくなってきたゆえ、部屋に帰っていいか?」


「――だけど!」


 愛煙家さんが煙草を灰皿に押しつけた。


「だけど、これに限らず魔法全般がそうですが、特に〈供述調書〉で出力した記憶には、誰が誰の記憶を取りだしたのかが刻まれて、そこの部分の改ざんはできません。魔法には指紋のように術者を見分ける方法があり、専門家――シュプール師などが調べれば一目瞭然です。犯罪抑止効果があるほどに。シュプール師の資格も持つ顧問はよく分かっているでしょう」


「ふむ」


「アスさんは、……シールス・アスリアラさんは、黄山国の愚王が王守を死刑にできなかったやつあたりに国民を殺すんじゃないかと最期まで心配していました。心配なあまり彼女は抵抗せず国王の〈死刑〉を受け入れて死亡したのです。顧問」


「なんだ」


「顧問は、ロットーさんの記憶……アスさんが死亡した場面の記憶を、わざと敵自身に出力させ、一刻も早く黄山国へ送信させた。そうすればアスさんが無事に死亡したことが国王に伝わり、黄山国民が無益に国王のやつあたりで虐殺されないかもしれない。これがもし顧問の出力した記憶だったら、黄山国が機構の罠の可能性を考慮し深読みするあまりスムーズにアスさんの死亡が伝わらないと考えたんですね……?」


「ほう?」


「アスさんの最期の不安を取り除くために、ロットーさんを敵に拷問させたんですね」


「黄山国民が何十名亡くなろうと私は痛くも痒くもないが」


「ははは、クズグレイエスはついでに安全な環境でロットーさんに〈供述調書〉へ慣れていただこうと学習用の易しい〈供述調書〉を敵に使わせています。先ほどロットーさんを診察いたしましたので。グレイエズはほんとうに可愛らしい性格をしていますね? はっはっは。そういえばそろそろ風邪薬を処方いたしましょうか?」


「……」


 ゼクーくんは押し黙った。


「この人格破綻者の仕業で、最終的には必要な記憶のみ黄山国へくれてやり、俺たちにとって都合の悪いことを知った敵は殺害して口を封じ、無益な黄山国民虐殺を阻止、俺たちは探していた情報とプラスアルファを手に入れました。悔しいですが」


 医師さんが苦虫を噛み潰したような顔で締めくくる。


「――結果としてこれ以上ない成果と言えるでしょう」


 そして銃声がしばし止まることはなかった。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪


 いつもありがとうございます。このページは小難しいとおもうので、ぜんぜん理解せず読み飛ばしで大丈夫です。続きを書くとしたら改めて説明するつもりです……。


 一応「国際機関の職員」「世界唯一の魔術師(魔法の専門家)」という設定なので、小難しいあれこれを最初の時点から点々と散りばめてはいましたが、作者としてはあんまり重視してないです!(おい) もはや「ここ読み飛ばしていいよ」って部分をあえてまとめて一ページにおさめた感まであります。


 ではまた~~٩( ˆPˆ )و

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る