2-03
◆
戦闘職員さんは部屋へ入ってくるなり半泣きで煙草に火をつけた。
「マーフィさん、お気づきではないかもしれませんので僭越ながらお教えいたします。じつはですね、此処は喫煙所でなく病室なのです。もう一度申しあげます。病室、です」
「まあまあラクロワ先生。誰とは言わないけれど某B課長にまたきつく言われたのでしょう。有名だからね。マーフィさん、気にせず此処で吸いなさい、ね? そしてロットーさん、うんうん……いい感じだね! とってもいい! 宛先の部名と名字、『様』、CCも忘れず書けているね、わお、局内には『お疲れ様です』、局外には『お世話になっております』から始めて、『~いたします』『~いただきます』をくどくなりすぎないよう使えている、うん、ロットーさんは天才かな? おおお……『お忙しいところ恐れ入りますが』、クッション言葉も上手に入れられている! 目上の人に対してのお願いが丁寧に伝わってくるよ、ほんとうに十五歳? なんて優秀なんだろう……」
長。
「……締めは『よろしくお願いいたします』、うんうんこの言葉は万能だから誰に使ってもいいね、メールがこんなにしっかりできればもう立派な社会人! たった十五歳の新人さんなのにロットーさんはほんとうにしっかりしているね。これほど優秀な後輩がいてくれて機構ひいては世界の未来――」
「だああああ長い! 世界!? フッツーのメールだからああ!」
ワカメ先輩が細い目を糸みたいに細めて微笑みながらキャンディーを差しだしてくる。これ以上僕をふとらせてどうするつもりなの?
「うううっ…………わたしも……」
戦闘職員さんが泣きつつレモン味を持っていった。
「ワカメ先輩、もう一個もらっていい?」
珈琲ミルク味をぽいっと背後へ放る。あっちの壁に寄りかかって紙版本をめくってた甘党が無表情でキャッチした。その左手首には古臭い自動巻きの機械式時計がついてて、二十三時を指してる。
そう。もうほとんど真夜中だ。こんな時間だけどみんな顧問からの指示で集まってるのだった。僕は一時間前くらいにワカメ先輩へ本日三回目の自己紹介をして、新人研修してもらいながらメンバーを待ち、医師さんが飲み会から帰ってきて、戦闘職員さんも入ってきて、これで全員だった。
僕はメンバーを順繰りに眺めた。
ワカメ先輩。死にかけだし魔法も失ってる三十代。たぶん戦闘職員だけど名前も部署も役職も不明。だぼだぼの病院服に包まれた体型も不明。「背中をベッドから離さないでくださいね」と医師さんに不穏な笑顔で命じられておとなしく横たわってる。
医師さん。今時珍しい物理的な眼鏡を引っかけて白衣をまとう二十四歳。ダークブロンドのツーブロック、長身。背筋をぴんと伸ばした正しい姿勢で歩いてきて、ベッドの横にパイプ椅子を四つ並べ、戦闘職員さんへすすめた。
戦闘職員さん。今時珍しい紙巻き煙草のほかには特筆事項がない二十九歳。椅子に背をまるめ半泣きで震えてる。中肉中背、無難なオフィスカジュアル、見るからに一般人で、目立たぬよう秘密の任務を遂行する検閲官には最適といえる。
それよりも影の薄いゼクーくん。今時珍しい紙製の書物を読む青年。機構の観測年齢では五百六十四歳らしい。オッドベストのなんか高そうなスーツで気だるげに壁へ背を預け、「どうも」一言こっちに言ってから珈琲ミルクの袋をむく。
と、医師さんが横からかっさらった。
「この人の体内でジャムでも作らせるおつもりですか? 野生動物に糖分を与えないでいただきたいですね」
「……ほう?」
「糖尿病を目指していらっしゃるようですが、医師としてその夢は応援できませんよ」
「……不死とは便利なものだな?」
「あーあーさようでございますか。強制的に〈治癒〉されるから開き直って不摂生するのですね。ゴミが……。そうだ、ロットーさんにはこころから感謝申しあげます。このかたがご自身で指定した集合時間に間にあったことはいまだかつてございませんでした。ありがとうございます」
「お安い御用さ。っていうかワカメ先輩に会いたくて早く来ちゃっただけだけど。で、これってなんの集まりなの?」
みんながゼクーくんに注目すると、やっと本を閉じてポケットからなにかを僕に投げてくる。ネックレス状の魔法装置だ。ドッグタグっぽい。でも氏名は書かれてなかった。チェーンにぶらさがる二枚の金属の板には僕の生年月日と血液型、所属が表記され、魔法陣が内部におりこまれてる気配もあるのに、つまり、何十万文字ものテキストが刻まれてるというのに、氏名だけが見あたらない。
「医師、あらかじめ頼んであったことがあるな」
「ええ。彼女にある程度の数の人間と可能な限り会話をさせる。俺はグレイエスの指示であえてロットーさんをお連れして診察しておりました。挨拶や日常会話などをしたり、廊下ですれ違えば紹介をしたり、グレイエスという常に彼女と行動を共にする人物がやればいいのになあという感情を幾度となく押し殺し、一ヶ月間できるだけご指示のままに行いました」
「私の〈呪い〉と性格をおもいだしてから言え。人脈は財産だ。それを持つ貴方には適材適所だろう」
「……ひょっとして、ひょっとしたらですが、まさか、友だちができないほど性格が悪い自覚をお持ちなのですか……!?」
「もちろんだ。では話を戻す。お渡ししたドッグタグは通称〈通過儀礼〉、機構において一定以上の役職および秘匿部に義務づけられている記名式装置だ。今後、退局するまで身につけていただく。貴方が情報漏洩をした場合もしくはそれを計画した場合に実刑として記憶が削除される」
〈記憶削除〉記名式装置。手元の無骨な二枚組のドッグタグはひどく冷たく、重たい。感情を殺して僕はにこにこと首にかけてみた。くるりまわってみせる。
「どう? 似あう? 似あってる? これあんまり可愛くはないけど僕が可愛いからプラマイプラスだねっ?」
首を絞められる感じの重さだ。
「……えっと、う……、うん、よく似あってるとおもいます……。女の子だからもっとほかのネックレスとか憧れるかもしれないけど、死の危険がある任務も……あって、それで……ドッグタグ本来の使いかたもされるから……」
「そうなの? これ名前書いてないけど」
金属板を一つつまんでひっくり返す。どう見ても僕の生年月日と血液型、所属しか記載されてなくて、氏名を記すべき部分はおおきく空白となってる。
「今日は日曜だな。来週金曜までだ」
なにが?
「期限内にその記名式装置へフルネームを刻め。さほど猶予は無いので早ければ早いほどいい。完了したらこのメンバーで初任務だ。とある王女の自殺を阻止し、検閲課で保護する。医師はそのための情報をシルバーアクセサリーから得てきたはずだ。詳細は後日共有していただこう。各自準備を始めろ。以上」
壁に立てかけてあった木製の杖を取り、ゼクーくんはあっさり病室を出ていこうとした。
「えっと……? 外に任務に行くの? 僕ってゼクーくんを一回でも戦闘で負かさないと此処を出られないんじゃなかったっけ」
「何十年引きこもる気だ?」
「そういうこと言うから友だちいないんだよ、ゼクーくん」
ドッグタグに名前入れるだけなら何日も要らなくない? と訊きたかったけど白髪の青年は出てってしまう。なんで監視役に僕のほうがあわせてやらなくちゃならないんだ。慌てて椅子から立ちあがってみんなにおやすみを言った。
医師さんがパイプ椅子をたたみながら教えてくれた。
「〈通過儀礼〉は国際機関の重要なポストにつけたことの証左です。エリートとしての成功と、死と隣りあわせになるという覚悟を意味します。記名式魔法はご存知のとおり本人でも発動できますが、他者でもあなたから『名乗り』を受けていればできますから、慣習として〈通過儀礼〉を家族や恋人、友人など大切な人に書いてもらうことが多いのです。その選択肢を作りたかったのでしょうね」
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