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       ◆


 どんなに狭くても暗くても物が無くても汚くても不便でもいいけど窓だけはほしい、と僕は言った。そこそこ広くて明るくて家具が豪奢で掃除のいき届いた住みやすい部屋をあてがうけど窓はありません、というのがCランク戦闘職員さんの返答だった。


 課長が怒って帰ってったあとみんなでぞろぞろ廊下を進んでるときに窓窓窓窓と駄々をこねてみたら戦闘職員さんは茶色の前髪の奥で深い海みたいな青い目に涙を溜め始めた。


「わ、わたしの、あの、権限では、えっと……無理です……っう」


「……」


「う、うううどうしよう、ごめんなさい、えっと、その……」


「……ごめんね? 冗談冗談。あはは」


「ううぅ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 改めて彼女を眺める。痩せてないしふとってもなくて低くも高くもない身長。よくある茶色のミディアムヘア。前髪はちょっと長めだった。二十九歳という実年齢より幼く見えること以外にはなんの特徴も無い顔を、世界の誰にも見せたくないかのように髪に隠し、薄暗い夜中の廊下に立ちすくんでうつむいてる。


 大量の魔力にあてられ瀕死だったのを医師さんに〈治癒〉され、でも医療魔法には痛みが伴うから〈治癒〉を多用できないまま、スカートや袖などの隙間からチラッとのぞく包帯と三角巾で固定した左腕と、そういうのぜんぶが痛々しくて僕は罪悪感を覚える。


 ひとけのほとんど無い無機質な廊下に僕の心臓はぎゅうっと四方八方から押しつぶされてく感じがする。


 ――隔離室で戦いつつ魔力に溺れさせたのは僕だった。地下室で無意識に怪我をさせたのも僕だ。


 見あげる。


 うるんだ青い瞳に惹かれて、ふと近づき覗きこんだ。


「きゃっ……」


 少しだけ震えてた。


「……いろいろとごめんね。戦闘職員さん。ほんとうに、ごめん」


「え、あ、っとそのえっと、いいえっ……」


 結局だった。深い海からおおきく波が押し寄せるみたいにとめどなくあふれて流れだした。ぼた。ぼたぼたた。よく泣く人だと呆れたけれど、こんな状態で彼女は冷静に僕を殺そうとしたし、僕を死にもの狂いで救おうともしたんだ、それはいっけんしただけでは解らない感情のあまりの芯の強さのことをおもわせて、ああ。


 綺麗だった。


「――わたしも、あのっ、ごめんなさい! 装置制御システムに繋いで、ロットーさんを、その、騙して、わたしは、あなたを……!」


「ううん。仕方なかったんだよね。無理して助けようとしてくれたしさ。ゼクーくんになにやらメールしてくれたんでしょ。見せてもらえなかったけど」


「うむ。私信だからな」


 僕の後ろを歩く不死者がどうでもよさそうに言った。丁寧にたたまれたハンカチをポケットから取りだして涼しい表情で顔とか髪とかについた血をぬぐってる。


「ケチ。ドケチ。メールくらい見せてくれてもよくない? 性格がそれだから通算二五一回も死刑になるんじゃないの。知らんけど」


「……う、えっと、……グレイエス顧問が来てくださらなかったら、その、わたしはロットーさんを、殺さなければなりませんでした。顧問もロットーさんも、ごめんなさい。ありがとうございます……」


 大泣してる戦闘職員さんが案内してくれたのは一五〇階建ての魔法管理機構中央局ビルの一一一・七階にある検閲課フロアだった。一一一階じゃなくて一一一・七階。小数点意味分かんなくて泣いてる彼女の前で爆笑してしまった。


「そうですねえ。たしかに初めて此処にきたときは俺も小数点に驚きましたよ。検閲課は特殊業務を行う部署として『秘匿部』というくくりのなかに存在しています。ロットーさんには魔力のコントロールに慣れるまでこのフロア内で生活していただきますね。体調の悪さを大目に見てもコントロールはズブの素人ですから」


 医師さんは僕に様付けするのをやめたようだった。


 白衣の長身を見あげた。この場の誰よりも背が高い。姿勢よく背筋を伸ばしているためか余計に身長が強調されてる。ダークブロンドのツーブロックは少々特徴的なかたちで、左側だけ耳の前にちょい長めの髪が流れる。その後ろによく見るとピアスが複数個。物腰のやわらかさに似あわない数つけてる。眼鏡の奥でエメラルド色の目が意味ありげに細められた。


「ふふふ……さて、さてさてさてロットーさん? 地下室ではよくも俺にくだらない命令をだしてくださいましたね? 肩を揉めだの一発芸をしろだの冷房をつけろだの……ふふ、これまでは保護対象として丁重に接してまいりましたが、これからあなたは単なる後輩、下っ端の新人ですからね。ふふ……」


 根に持つタイプだった。


「後輩さん、OJTが楽しみですねえ……?」


「わあ、オンザジョブトレーニング略してOJTだーあ! 楽しみいいい。実際に働きながら仕事のやりかたをその場で教えてもらうやつだよねっ、手始めに戦闘技術教えてせんぱーい! ……あっ! もしかして先輩って運動音痴でしたっけ?」


「ふふふふ」


「あははは」


「……二人とも仲よく嫌味言いあうのやめませんか……?」


 泣いたり笑ったりしてたどり着いた僕の新居は部屋が三つとキッチンとお風呂と備えつけのきらびやかな家具などがある居心地のよさそうなところだった。ゼクーくんが「異性で申し訳ないがしばしのあいだ監視役として行動をともにする必要がある。プライバシーは尊重する。ゆえに此処をお借りする」と玄関に一番近くて一番狭い一室をさっさと陣取って、ついでのように「用があるときはノックしろ。私は常に起きている。ではな」返事も待たずにドアを閉めた。


 廊下から新居を覗きこんでわいわいしてた三人は、おもわず顔を見あわせて肩をすくめた。


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 いつもありがとうございます。更新曜日を来週から火曜日に変更いたします。よろしくお願いいたします。


 あと、どうでもいいんですが先週顧問のラフ画を描きました。雑ですがよかったらご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/KwonRann/news/16817330652416201281

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