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       ◆


このような不躾なお願いをすることを、どうかお許しください。


一人の女の子を救っていただきたく、ご連絡いたしました。





私はマーフィ・Eと申します。


顧問とお会いしたことはございませんが、2年前に入局し、以来検閲課暗殺担当として所属しております。





以下は機密事項です。


機密漏洩をすることになりますが、すべて書かせていただきます。


秘密裏に魔術師を回収しました。


ぱっちりした大粒の目が印象的な15歳の女の子です。


回収任務は、機構が顧問と数年ぶりに連絡が取れ、現地で合流してくださるという日程が決まってからの決行でございましたが、当日変更となり、いらっしゃいませんでしたね。


公表等は一切されていないものの、回収は無事に完了いたしました。





16年前に機構の地下で亡くなった先代の魔術師と同様に、彼女もほとんど誰にも存在を知られないまま、明後日、機構によって装置制御システムのもとに置かれ、二度と人格を取り戻すことはありません。


先ほど受令し、私が責任者として装置をお預かりしました。





機構に対し魔術師がその気になれば、交渉次第で装置制御システム以外の方法を提案できるはずです。


魔法の性質として、本人の意思で使われるものの方が他者からの命令で行われるものより効果・効率が比較にならないほどよいという事実は、あまりに自明なことです。





回収時、魔術師は自殺しようとしていました。


止めようと言葉をかけましたが、「希望があるなどと恥ずかしげもなく発言ができるタイプの無知な『向こう側の』大人」と私を拒絶しました。


死のうとしながら「君は幸運でよかったね」と言うのです。





本日、名簿に名前が載っているのみの顧問について、課長から話を伺う機会があり、メールをお送りすることに決めました。


課長曰く、魔術師の戦闘ランクは現時点で推定Sだそうです。


魔術師が例えば突然世界中の人間を虐殺しようとしたとしても、制御できる者はいません。


しかし、ただ一人SSランク国際戦闘資格を有する顧問ならば、魔術師を圧倒的な力で支配できるので、システムに頼る必要がなくなります。





魔術師が自殺魔法を広げつつ「救いには期限がある」と言い放ったとき、私はこの女の子を死なせてはならないと感じました。


今この瞬間を逃したら手遅れになります。


よく知っています。


高校時代に、親友を自殺で亡くしたからです。





私から見れば魔術師は唯一無二の才能があって、まだ若く、容姿も可愛らしく、今までつらい状況に置かれてはいても、これから新しく経験できることが山のようにあります。


幸せが約束されたような才能で仕事を充実させ、友人や恋人を作り、結婚して子供を産み、人並み以上の幸福を得て、天寿をまっとうできるはずです。


欲しいのであれば、機構の幹部やら魔法関係の政治家やら、教官・教授、芸能人――どんな肩書きでも手に入ります。


まだ出口ではないんです。


今の本人には暗闇にしか見えない未来も、私からすればまだ、まだ、まだ、まだ、どう考えてもまだまだ、希望が見えます。





親友もそうでした。


美しい歌声と恵まれた容姿を持っていました。


でも絶望していました。


希望を持ってほしいと伝えると、あの子も「自分はそうじゃないけどあなたは幸運だったからよかったね」と言いました。


普段は物静かで優しい親友が、顔を歪ませて私を睨みながら一度だけ「羨ましいよ」と吐き捨てたことを、おそらく一生忘れられないでしょう。





あの子が自殺する前に私にできることはなかったのか。


どうして自殺する前に私に相談してくれなかったのか。


隣にいたのに。


あの子のためなら私なんでもしたのに。


なにかあったら言ってねってずっと伝えていたのに。


なんで助けてと言ってくれなかったのか。


その日は普段となにも変わりがありませんでした。


朝、昨日の夜のドラマでどっちの推しの方がかっこよかったかで盛り上がった。


2限の休み時間に数学の宿題を写させてくれた。


ハードな魔法実技の授業の後、昼休みにお腹がぺこぺこで、お弁当では足りなくて、太っちゃうって笑いながら食堂のサンドイッチを分け合った。


夕方、下校中にカラオケへ行って馬鹿騒ぎした。


夜の電話でいつもの調子でおやすみを言った。


あの日のことを、朝から夜まで、全て、私は数え切れないくらい反芻しました。


何度も、あの日、あの夜、あのときに、「おやすみ」以外のことを私が言っていれば、あの子は留まってくれたかもしれないと思いました。


電話を切った後に自室で装置を――短縮救急、強制解除、強制遮断、緊急救命自動発動型移動シールドなどの身を守る義務装置を――順番に体から外して、子どものときから使っている机にそれを置いて、2人でシールを貼り付けたり好きな男の子の名前を刻み付けたりとかした、本当にボロボロの机の、傷一つ一つが思い出深い机の上で、遺書を殴り書きして、私たちの修学旅行の写真や俳優のポスターが貼ってあるドアの前に座って、お気に入りだった紺色のマフラーをドアノブに結び付けて、首を吊ったときに、あのとき、あの子はどんな気持ちだったのだろう。


どんなに孤独だっただろう。


親友が苦しんでいるその瞬間に私はのんきに寝ていました。


あの子を独りにした。


クズです。


寝ていたんです。


一言言ってくれたら抱き締めに行ったのに。


生きてくれって伝えたのに。


一緒に泣いたのに。


ずっと隣にいたのに。


社会に抗って、親を恨んで、ひとりぼっちで死ななくてもいいじゃないですか。


どうしてあのとき独りにしちゃったんだろう。


大好きだった。





私が親友を殺したんです。





失礼ながら、顧問はご存命ではない可能性が高いとのことでしたので、このメールは届かないものと考えています。


また、お忙しい方でご連絡いただくことも大変難しいと。


それでも一通だけ、ご無礼をお許しください。


私のような者からグレイエス顧問にお願いのご連絡を差し上げることがどれほどの失礼にあたるかは承知しておりますが、どうか、どうか、どうかお願いします、助けてください。


殺人を担当する私は例に漏れず過去に犯罪歴があり、使い捨ての死刑囚として機構におりますから、上の決定に逆らうことはできません。


そして、魔術師を装置制御システムに組み込む任務は、私が死ねば他の暗殺担当に回されるだけなのです。


そもそも、この機密漏洩が発覚すれば、顧問とお会いする前に処刑されるでしょう。


構いません。


お願いです。


あの子はまだ終わってなどいません。


助けてください。

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