1-12

「やっだなあ。まじになんないでよ。ただの正当防衛じゃーん。てへっ」


 ぺろりと舌を出して超絶可愛らしくウインクしてみせた僕は注目の的になっていた。あれれ、可愛すぎちゃったかな。おおいに照れまくる僕の横で、少年は大興奮で目を輝かせて飛び跳ね、ゼクーくんは無表情で向こうの壁に寄りかかり、医師さんはあわあわと言葉にならないうめきをこぼし――唐突に叫んだ。


「ば……馬鹿ですかロットー様あああ!?」


「馬鹿は貴方だヤブ医者」


 ぴしゃりとゼクーくんが言い放つ。僕はおもいっきり大声で「ざまあみろあははははは」めちゃくちゃ嘲笑ってやった。と、


「貴方もだ魔術師」


 ……淡々とした声って逆に恐怖を掻きたてるよね。ウケる……。


 僕たちはただでは済んでなかった。病室は数分間銃撃を浴びて悲惨な有様だし、僕は全身全霊で広げた〈爆破〉をゼクーくんに容赦なく粉々にされて痛いし、医師さんは散弾銃で暴れるだけ暴れてゼクーくんに気絶させられ、つい今しがた目を覚ましたとこだった。意味不明だったので訊いてみることにした。


「なんで医師さんは気が狂ったように僕たちへ発砲したの?」


「いえいえ、お三方に撃つつもりは毛頭ございませんよ。ロットー様はもちろん、ジェスくんもジューナちゃんもです」


 えー。この子たちそういう名前なんだ。ってか兄妹どっちもかなり危ない目に遭ってたよ? 僕には普通にあたってるし? 弾丸がかすってほっぺた血だらけだけど?


 銃下手くそすぎない?


「申し訳ないことをいたしました。俺はグレイエスだけを撃つつもりだったのです」


「なんで?」


「脳手術のためです」


「……なんて?」


「遅刻癖を寛解させるため次にこのツラを拝む機会がきたら腐れきったドタマに鉛玉で風穴をあけ彼が後生大事に持ち歩く骨董品の腕時計でもねじこんでみると決めていたからです」


 ……。


「武器以外の方法でやれ。運動音痴医師」


「必要な治療を行うためでしたら俺は手段を選びませんよ……ふふふ……」


「まったく。成長したのは図体だけか? 間違っても武器は手にするな。運動音痴にできる努力はこの一点に尽きる。さ、わ、る、な。ガキの頃に散々言い聞かせたはずだが」


 医師さんはにこにこと散弾銃を拾いあげ、


「ああグレイ、俺を覚えていてくださったとは驚きました。お元気そうでなによりです。十四年ぶりですね」


 抱えた散弾銃ごと木製の杖によってぶっ飛ばされていった。


 なんなんだろう。


 みんな楽しそうだな。


 僕はぼうっとしていた。


 状況が分からなかった。


 現実はくぐもってく。


 音が、遠のく……。


 ねえ、医師さん。数時間前の隔離室だった。君は空気を抜いて魔法が使えないようにした隔離室に、僕を何週間も閉じこめたあと、そのほうが機構にとって魔術師を操作しやすくなるからとCランク戦闘職員さんが得意げに話すのを、補佐したりとかしてた。だよね?


 ――説明しておいたほうがいいですかね。


 ――じゃあロットーさん今後は自力で考えたり行動を決めたりすることいっさいを禁じますね。


 ――魔術師のちからなんてわたしたちには予測不可能です。あなたは金輪際、死ぬまで他人の名前を呼ぶことを禁止します。


 ――今こうして説明をしているのも、魔法管理機構事象調整部検閲課があなたへ求める役割を、本人にしっかり自覚させるほうが都合がいいと判断したからです。


 ――これで、説明は終わります。なにか訊きたいことはありますか?


 ねえ……。


 ほんの数時間前だった。〈思考禁止〉と〈強制操縦〉をかけあわせた強力な装置を僕の首にはめようとして、隔離室に訪ねてきて、戦闘職員さんと二人がかりで、僕という人格を消し去るべく尽力してた。


 続きなんだ、でしょ?


 乱射して弱らせ、装置をつけさせる。


 ただただそういうことなんだよね?


「あのさあゼクーくん、さっきから言ってんだけどー、やっぱり突っ立ってないで座りなよ。椅子余ってるってば。医師さんも座ろ? 話しあおうぜ。撃つ前にさ」


 頭が動かなくても時間は進んでく。みんなのにぎやかな会話に入って状況を確認しないといけないとおもった。僕は混乱してた。その混乱を誰にも悟られてはならなかった。


 人間は敵と敵予備軍しかいない。うん。


 そうだね。


 床に転がってた医師さんがむくりと上半身を起こし、こちらの気も知らずにゼクーくんへ一方的にまくしたて始める。なんなんだろうこれ。磨りガラスを隔てたあっち側で、間延びした出来事がのろのろと流れてく。遅刻魔がどうのこうの、音信不通の社会不適合者があれやこれやと、医師さんは必死に怒鳴ってる。意味が分からない。


 おかしいのは僕なのかな?


「座って話しあう、ですか――あのですね。ロットー様はご存知ないこととおもいますが、このクズは四月に検閲課へ異動してきたのですよ。四月です。本日の日付がお分かりになります? 九月、十二日、です!」


「異動は今年の四月か? 昨年だったか?」


「……っ。…………今年の、四月一日付けです!」


「誤差の範囲だな」


「えーえーそうでしょうとも、あなたはそういう人だ! よろしいですか、この腐った卵野郎は異動して五ヶ月ものあいだ一度たりとも出勤しなかったのですよ。電話にも出ず、メールにも応答せず、生きているのか死んでいるのかも定かではなく、図書館へ行くと言い置いて十四年前にふらりといなくなったまま――」


 わめきは涙声になってきて僕ははっと現実に引き戻された。医師さんは床に座りこんで下を向いてた。肩を震わせ、食いしばった歯のあいだから絞りだすみたいに問いを落とした。


「グレイ。あの日、十歳だった俺たちを残して、何故姿を消したのですか」


「さあな。瑣末なことだ。覚えていない」


 しんと静まり返った病室は、窓も無い息の詰まるような空間で。


「……本日はどのようなご要件で機構に帰っていらしたのですか」


「とあるメールで魔術師に興味を持った」


「……メールですか。俺があれだけ連絡しても、誰からの連絡であっても無視を決めこむグレイが、いったいなんのメールで此処へ戻ることにしたのですか」


「ふむ」


 本から顔をあげた青年の中性的な美貌があらわになる。


「魔術師を救ってくれと訴えるメールが届いた。二日前だ。一通のみだったが興味がわいた。医師。彼女は同僚だな? ――マーフィ・Eに会わせていただきたい」

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