1-11

 熱い。


 違う、痛いんだ。ワンテンポ遅れてじんわりと気がついた。


 圧力を凝縮した透明の線が何本も伸びてきて薄桃色の病室の今にも崩れそうな均衡をすぱんすぱん冷徹に貫いてくから僕たちは右にも左にも行けない。四歳と六歳がいるんだよ。思考が床へと着地するまで三秒、二秒、一秒、守ってやる義理なんか無いけど。


 からだが動かない。音はどこかくぐもってあとから遠く低く響く。牢獄。続く。細く。切り、裂く。ばしゅっ――。それこそ玩具みたいだ。


 機構は、撃つ。


 重力が消え四肢は「被弾の可能性」にからめとられて拘束され脳が研ぎ澄まされる。なるほどこれが本能というやつなんだね。自殺することへの希望にふと、気づく、……というあのなにものにも変えられない暴力的な喜びの刹那を、経験しちゃったあとの側の人にも、平等に作動する生存本能とかいうシステムほど空虚なものって、在る? 固まった琥珀のなかで羽ばたけない蛾。


 透明度の高い検索画面から中途半端に世界をキラキラと見せつけないでよ。


 さも隣にいるふうな甘い匂いで。


 存在していないでよ。


 ――木目が、視界を横切った。


 あ。杖だ。木製の。とおもったときカカカカカッ銃弾を軽々さばいて背後の兄妹と僕を平然と守りながら、ゼクーくんは心底どうでもよさそうに言った。


「……失礼。それを引っこめていただけるか」


 銃声はとまらない。なのに僕たちには銃弾があたらない。雪みたいな髪がさらさらっと揺れる背中を少年がぽかんと見あげた。ゼクーくんはただの杖を振って優雅な身のこなしで銃撃を処理してる。


 銃は線である。僕は苛烈な感情に突き動かされてる。許しちゃ駄目だった。この星に住んでる誰のことも。自分自身も。魔法社会も。機構も。星をまるごと許してはならなかったので。


「……再度言うが」


 ばしゅっ。


 底の無い地の奥から緩慢に伸びてきた手が心臓を握りこみ爪先のぬらり黒光りする濡れたような感触を伝える……。


 幼少期。闇に塗りつぶされた無機質な地下室の椅子で、指の一本一本まで冷たく縛りつけられて、もがくことすらもうしなくなってた幼少期の、初めて〈検索〉を発動して外で自分以外の人類が気まぐれに指を動かし――手足を、動かし、歩き、スキップし寝転がり座って走りジャンプして人生を、動かしてるのを見つけて、自分だけが〈拘束〉されてるんだなぁってことに初めておもいいたったときの、無意識に喉から迸った絶叫が、脳裏にこびりついてるまま僕は今いっそ此処で死にたい。


 ほかの人間たちは〈拘束〉されずにいるとおもってた。ばしゅっ。僕だけが魔術師だったせいでとらわれて、でも地下室を出ればみんなと同じ輝かしい自由を得られるようになると信じてた。


 機構が撃つ。


 質問です。


 四歳と六歳の表情は、自由ですか?


 ばしゅっ。


 人間たちは、自由ですか?


 ばしゅっ。


 僕は何処を目指せばいいですか?


 綺麗にかなたでたゆたうから、やっと〈拘束〉を振りほどき、こけつまろびつ地上を駆け始めた、息をするために、だけど追っても追っても遠のくばかりのあれは、蜃気楼だ。


 解る?


 僕の言ってること、伝わってる?


 息苦しいんだもん。


 六歳の泣き声が軋む。


 あのね。


 地下室の外に自由なんて無い。


 延々と人間たちは僕に向かって死ねと言う。


 じゃあ僕もみんなに死ねって言うよ。


 〈検索〉魔法が見せた地下室の外は。


「いいか。よく聞け――」


 まぼろしだった。


 なので。


「――それをただちに引っこめていただきたい。魔術師。


 星ひとつをそっくり木っ端微塵にする〈爆破〉の魔法陣を、ぼんやり広げて立ち尽くす魔術師へ、ゼクーくんは相変わらずの口調で警告をくだした。

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