1-09
「――唐揚げ撮ってる場合じゃねんだよウスノロ――一七四年ぶりなんだ――箸置いてカメラを――こっちで――まわせっ――――あのぉおわたくしぃ国営放送局ですぅいつも大変お世話になっておりますぅ本日は
「名前はロットー・T、年齢十五、悪いが彼女のからだに障るゆえ遠慮願う」
「ま、じで、……魔術師!? めちゃくちゃ可愛いじゃん! 天が二物を与えちゃってんじゃん。ロットーちゃんこっち向いて!」
「あれはさすがに顔面綺麗すぎるだろ、魔法で美化しているのでは?」
「え、え、え、道理ですっげー魔力だとおもったよ、生きてるうちに職場に魔術師が来るとかやべえ! やばくね!? やばい。しかも超絶可愛い」
「名前なんだって――よく聞こえなかった――」
「ロットーよ! 十五歳ですって! 前の魔術師が亡くなって一七〇年以上経つのよ!!」
「ほんもの!? 術紋は!?」
「……この歴史的瞬間に視聴者の皆様から続々と驚きの声が届いておりますぅう! ロットーさん少々カメラの前までよろしいでしょうかぁライブ中継をご覧の皆様に向けて一言――」
「魔力をいっぱい持ってるから〈整形〉で大量に消費しても平然としていられるんじゃないの? あの見ためで非魔法を言い張るのは無理ありすぎでしょ」
「魔術師が食堂でなにしてるんだ?」
「ロットー様一度でいいから握手してくださいませんか――」
一人一人の言葉を聞き分けるのはとっても困難だった。ぽかんとしてるうちに僕はもみくちゃにされ面白くなってきたからはいはいはいと差し伸べられる手を順繰りに握ってやると涙ぐんで歓喜する波がぐわりうごめいて次々にはいはいはいと手を握ること数分でいきなり強くつかまれ右の手首を高く掲げられた。のけぞって、その長身を見あげる。相変わらずなんの感情も見えない青年がこちらを見ようともせず僕になにかをした。
「――えあ」
視界がすんごいねじ曲がりかたをした。
全身の体力を吸いつくされて僕は青年にしがみつく。息があがって吐きそうになる。空気じゃなく毒が肺を満たしてるみたい。右手の激痛に全身を蹂躙される。どうにかして今すぐおさまってほしいけどいっこうに終わりそうにない。神様助けて。なんてね。神はガラクタ。死のう。
食堂は物音一つしなくなっていた。
〈記名式攻撃〉が発動できない。
僕はあえぐ。
みんなが僕の右手を見てる……。
青年がわずかに息を吸った。
「……訊くが」
よく通る低い声に意識が持ってかれる。
「貴方がたは、彼女に、食事の権利を認めないつもりか」
浮かれてた人たちの沈黙の色が変わる。
反発的な不満と罪悪感の認識がざあっと広がるのが伝わってくる。
青年は冷然と一同を見渡した。
「何故食堂にいるか、だったな。ふん。貴方がたは食堂にきて慈善事業でもするのか。コンサートでも開くのか。食事をするためだ。ほかにあるならお聞かせ願おう。理解したら、話すのはあとにしていただきたい。よろしいか?」
質問文のかたちをした命令文パート2だった。
誰もなにも言えずにいるところを近くのテーブルに座ってた人たちがそっと席を譲ってくれて、僕はふらふらしながら硬い椅子に座らされた。ほどなくして青年が飲みものを持って向かい側に座る。
テーブルに細長いグラスが置かれた。優雅なデザインの透明グラスにブラウンの液体と立方体の氷が入っていて淡いピンク色のストローが刺さってた。ほのかに優しい匂いがした。
ぐったりと火照ったからだに冷たさはきっと美味しいのだろうとおもった。
「ねえ。ご飯食べにきたんじゃなかったっけ。僕は特大パフェが食べたいです」
周囲は遠巻きに僕たちをチラ見しつつ自分たちの食事を再開したようだ。紅茶だろうか、香り高いカップにスティックシュガーを入れてる青年を眺め、前のグラスに視線を落とす。これなんだろ。
「……経験上、食事ができない拷問ののちにすぐさま固形物を胃に入れると高確率で消化器官がやられる。若い頃に三度目で懲りた。貴方も念のため飲みものから始めることをおすすめする」
経験上ならしかたないね。
「適当にココアを選んだ。試してみるといい」
「はあ。ココア」
「珈琲や紅茶は刺激が強い。水だと退屈だ。牛乳を多めに作ってもらった。好みでなかったら違うものを用意する。遠慮無く言え」
「あ、いえ、飲んでみます」
おそるおそるストローに口をつける。ちょっと吸ってみる。とろりと可愛い味が広がって喉元に落っこちてく。なにこれ。僕は目を見開いた。暗い色から想像できない明るい味だ。まるみを帯びたあどけない愛らしさがあって、口あたりは軽く、何層も続いて深く沈んでいき、奥のほうはたしかに若干暗いかも。つい夢中になる。ぽつりと青年が言った。
「謝罪する」
「……えっ、え。……はい?」
「手荒なことをした。お詫びする」
ココアから緩慢に顔をあげると真摯な表情で青年が頭をさげた。動きにあわせて真っ白な長髪が絹糸みたいにさらさら揺れる。僕は慌てて両手をぱたぱた振りまわした。
「えーっ気にしてないよ! です! なにをお詫びされたのか分かんないしココア可愛い味するし!」
「隔離室で貴方の魔法を乱暴に破壊した。先ほど術紋の隠伏を無理にといた。以上の二点だ」
テーブルに投げだした僕の手の甲には術紋と呼ばれる刺青のような複雑な模様が浮かびあがってる。魔術師だけが持つ紋章で、本人の意思で隠しておくことができるんだけど、これを彼が強制的に顕現させたらしい。そんなことできる人がいるんだ。へー。素直に感心してしまった。
ちなみに王族も似たような紋章を持ってて、王様のが「
他人が紋章を引きずりだすことができるなんて僕の知識には無いから検閲官が制限した情報の一部だったのかもしれなかった。紋章は顕現してるときに直接傷つけられたりすれば魔法を使えなくなるうえ痛みでまともに動けなくなる。いざというとき機構が僕を戦闘不能にできるようにってわざと隠してたに違いない。
「僕にそういうのぺらぺら喋っちゃうんだ? 君は何者? あ――何者ですか?」
「改めて申しあげる。私の名はグレイエス・ゼクンという。好きに呼んでいただいて構わない。食堂という共有スペースで部名と課名を言うのははばかられるな。例の課は『秘匿部』として特殊業務を行う。私は其処で顧問に就任したばかりだ」
「えっと……」
いや、だからさ。前にもおもったんだけど、
「グレイエスさんってひょっとして僕に向かっておもいっきりフルネームで名乗りをしてません?」
「そうだが?」
そうだがじゃあなくない……?
「えーっと、あの、グレイエスさんは味方なんですか?」
「敵ではない」
「曖昧な言いかたですね?」
「人間は、敵と敵予備軍しかいない。こころえておけ」
ストローでココアをすすった。氷がとけ始めて薄まってはきてるけどとろりと愛くるしい味に惹きこまれてく。これが甘いってことなんだろうか。
甘い、は楽しい。
「ふうん。分かった。じゃあさっきの二点許すからいろいろ質問していい? ……ですか?」
長い指でスティックシュガーをちぎっては入れてまたちぎってを繰り返してた彼はそこで初めてかすかに笑った。
「可能な限り答えよう。それと、私に敬語は不要だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます