1-04
壁にかけられた白い時計からやけにおおきな秒針の音が響いていた。
カチッ、カチッ、カチッ……。
規則正しい機械製の鼓動音だ。
黒い金属の首輪が彼女の手のなかで照明に照らされ鈍くひかった。
カチッ、カチッ……。
僕は首をかしげる。
「うーん? よく分からないんだけど、なんで、今なの? 魔術師を操りたいんならあの地下室で椅子から解放する前にやったらよかったよね。もしくは解放したあと気絶してたときでもよかった。このタイミングって、すっごく計画性のなさ極めてない?」
むしろギャグかなぁ、みたいな。溜め息をついた医師が「説明しておいたほうがいいですかね」あっさりと言いのけ、否定したり誤魔化したりする気が毛頭ない感じで、戦闘職員と視線を交わした。
危機感はあまりわかない。念のために数歩さがり白い壁を背にして二人の検閲官を視界におさめておくことにした。戦闘職員は失敗したと言うわりには気にもとめてない様子で金属の首輪をくるりくるりもてあそんでる。
「この装置はね、よく効くんです。ね? あなたを操ってわたしたち検閲官の都合のいいように使いたいので、首輪をつけさせてくれませんか」
僕はいろいろ言いたいことはあるけどとりあえず、
「馬っ鹿正直ぃー!」
笑い転げた。
三人で顔を突きあわせてしばらくけらけらと楽しく笑いあった。なんだろうこの非現実的な平和は。「じゃあロットーさん今後は自力で考えたり行動を決めたりすることいっさいを禁じますね」彼女が陽気に続けた。
「説明もしますね。えっと。魔法で生きものの感情を操ることができないのはロットーさんも知っているでしょう? 小学生でも知っている魔法の基本性質です……でもね、中途半端に操るんじゃなくて、完全に思考をシャットダウンさせることなら、機構の技術を使えば可能なんです」
へー。
「考えることができなければ、ああしたいこうしたいぐだぐだ言われずにわたしたちの命令どおり動いてくれるじゃないですか? そういう寸法です」
彼女は地味なグレーのスカートスーツから伸びる脚を大胆に組み替える。タイトなスカートがその動作で少し持ちあがって、真っ白なふとももがあらわになる。そして前髪を乱暴に掻きあげると、おもむろに煙草を取りだした。
「とはいえ、まったく思考できなくなったら、一から十まですべての動作をことこまかに命令しなければならないわけで、それはなかなかに手間です。魔術師はわたしたちと違って魔法への理解力が飛び抜けていますから、わたしたちがいちいち命令して一般人の発想のみで魔法陣を書かせていたら、せっかくの才能を無駄にしてしまう。よって、効率よく魔術師を機構の道具にするため、検閲課は魔術師を十五年間教育することにしました」
ふむふむ。
「まず、魔術師には魔法を使うことに慣れてもらう必要がありました。逃げだせないよう拘束し、日常的に〈検索〉や〈シャワー〉などさまざまな魔法を使ってもらい、単純な作業と身のまわりの世話は一挙一動命令しなくても自動的に行えるよう訓練しました。訓練以外のことに時間を使われるともったいないので、身じろぎひとつできないように〈拘束〉をして、暇つぶしでからだを動かすことがないようにしました」
煙草の苦い匂いが部屋に満ち始める。
「また、社会や文化等いろんな物事を理解しておいてくれたほうが、そこに即した魔法陣を作りやすくなりますから、わざと地下室を〈検索〉使用可能にし、できるだけ知識をたくわえてもらうことにしました。教育係と呼ばれる検閲官が常に地下室を監視しながら、都合の悪い知識については排除するよう検索結果を操作しました」
戦闘職員が次の煙草を箱から取りだし、くわえて、軽く吸いこみつつ火をつける。
カチッ、カチッ、カチッ……。
何処か遠くで秒針が鳴る。
「魔法の訓練や勉強などへのモチベーションとして、検閲官は順番に月一であなたへ姿を見せました。感情を揺さぶり、ギリギリまで頑張ってもらいました」
やけにおおきな秒針の音が、脳を引っ掻くみたいに鳴り響く。
「なんらかの理由で一時的に魔法が使えなくなる場合も想定し、隔離室へ閉じこめ、しばし魔法分子の無い空間で日常生活のやりかたについて学ばせました。もとからこの隔離室期間は予定されていたので、そのためにからだを動かせるよう、十五年間筋肉の調整も行いました」
「き、んにくの……」
「あたりまえじゃないですか。だって、そうしなきゃ普通立ったり歩いたりできるわけがないでしょう? 寝たきりの人とかは立つための筋肉なんてありませんもん。寝るっていうか座ってましたけど。はは」
苦い煙草の匂いに、くらっ、とする。
カチッ、カチッ、カチッ……。
「今こうして説明をしているのも、魔法管理機構事象調整部検閲課があなたへ求める役割を、本人にしっかり自覚させるほうが都合がいいと判断したからです。これで、説明は終わります。なにか訊きたいことはありますか?」
……特には、無いかな。
よく理解できたとおもう。
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