Track.6 カゴの魔除け
「つうことは、この辺は黄魁関連か?」
商一が当たりを引いた場所を重点に探すべきか。
それとも、神秘や魔術に関連する書籍が集まっている場所に探して探ってみるか。
悩むところだ。
「どちらかというと、くろのみ町や混音市の文化や歴史についてかも。本棚の隣の机の上にある本に至っては【人身御供のすすめ~くろのみ町編~】とかあるし」
「何、そのタイトルからヤバい本。知らねぇ!」
そんな本がうちにあったら、名前ぐらい覚えているよ。
しかも、和綴じである。
全体的にボロボロしている古くて不気味な本だ。
これはおかしい。
祖母の家は古民家であるが、生家ではない。
生家は祖母が嫁に出て数年後、売却。その金で通勤に便利な混音市に移住したのだ。親戚のおじさんが混音市在住なのは、その流れからだ。
その後、いろいろあって、祖父が現代のばぁちゃんの家を購入し、終の棲家にする予定だった。
だが、祖父が亡くなったことで暇を持て余すようになった祖母は、父のヘルプコールを聞き入れ、俺の子育てをすることになったそうだ。ペリドット世界では、そのまま赤武区に住んでいる。
くろのみ町にあるこの祖母の家は、祖父と祖母が古本屋で趣味と興味で購入した本が並ぶぐらいで、奥付の発行年は古くても昭和。専門書の類はあるが、みんな印刷物。
こんな手書きの原本みたいなものがあるわけないのだ。
「マジで何これ、メッチャ怖いよ。触っちゃダメなヤツだよ、商一」
「あ、うん。素手で触る気はもともとなかったけど……」
ボロボロだものな。
歴史的に価値があるものかもしれないから、最低でも白い手袋をつけて、細心の注意を払って、取り扱おうとは思うよね。
それでなくても、親しい間柄とはいえ、他人の、年配の方の持ち物なのだし。
報告して、相手の許可を得ようとするよね。
常識ある行動が、見るからにヤバい本と商一の物理的接触を回避させた。
「でも、まぁ……ここは俺の知っているばぁちゃんの家じゃないし……ばぁちゃん、この本、知っている?」
俺は念のために、持ち家の人に報告することにした。
もちろん、この明らかに怪しい和綴じ本は触りたくないので、祖母を呼んで、指をさして、確認させる。
「……あたしも知らないねぇ」
ここまでインパクトがある和綴じ本なら、何らかの記憶に残っているはず。
それでも知らないというならば、やはりこの本……。
よく見ると、表紙には赤茶色の染みが付着している。呪いの本じゃないか?
「留守にしている間に、置かれたのかな?」
誰に、となるのも怖いが、そう考えるのがもっとも精神的なダメージが少ない。
本が勝手に現れたなんてことと比べれば、物理的には納得できる分、気が楽だ。
そう、思いたい。
だが、そうもいかないぐらい、俺の頭の中の警戒音が鳴り響いている。
「ううう……俺の第六感が滅茶苦茶反応しているよ……」
舞生が危険な状態じゃなかったら、黄魁神社に急行して、即座にお焚き上げしてもらいたいぐらいの負のオーラさえ感じる。
ただし、情報の取りこぼしが怖いから、この和綴じ本がどういうものなのかハッキリしない限りは、適切な処理をしてはいけないのだろう。
怖いけど、本当に怖いけど、この和綴じ本は残さないといけない。
「触りたくないけど、このままにするのもマズい気もしてきたな……」
放置するのも悪手だとわかってしまうぐらい禍々しさ。
早急に対策をとらないと、悪いことが起きそうだ。
「こういう時こそ、おま全じゃないか」
「商一、ナイスアイディア!」
「早速、調べておくれ、商ちゃん」
「わかった。鋼始郎、照乃ばぁちゃん」
おま全とは、俺を平行世界に移動させた【シュウセンの祈り】も載っている、【決定版 色とりどり おまじない 大全】の略称である。
正式名称をいちいち言うのは面倒臭いのと、俺たちの内だけで通じる略称をつけることで、仲間意識を高めようと思って、名付けた。
少し気になるところがあるとしたら、トパーズ世界では【色とりどり】という文字はハッキリ見えていたのに、ここペリドット世界では日焼けしたのか、風化したのか、背表紙、表紙共に文字が薄すぎて読めなくなっている。
バーコードなし、奥付なし、というところから、おそらく自己出版。
数冊しか刷られていないとしても、トパーズ世界で奏鳴さんから借りた本とは、別物かもしれない。
「全部本物のおまじないかどうかわからないけど……頼りにします。力を貸してください」
商一が願いを口に出して表に出しているのは、言霊でおまじないを強化させようとしているからだ。
俺を呼びだした時も、そういう感じで言葉にしたらしい。
確かに、言霊は有効だった。実際不思議なことが起きているから、理解できる。
ただし、最適解なのかは不明である。
「何々……【カゴの魔除け】」
商一は、今、試したくなるおまじないを引き当てたらしく、声に出して、祖母に協力を求める。
「照乃ばぁちゃん、籠、籠の目がある……六ツ目かご、六ツ目かごある?」
「それなら、物置に……はい」
祖母は商一が欲しいものに心当たりがあったようで、言われてすぐに持ってきた。
大きさとしては中ぐらいの、竹籠。
それも、呪われた和綴じ本がすっぽりと入るサイズだ。
祖母は商一が何をしようとしているのか、わかっているようだった。
「ありがとう、照乃ばぁちゃん」
商一は竹製の六ツ目かごを受け取ると、呪われた和綴じ本に向けて、投擲。
「籠の目は星の形、六芒星……魔を除け、呪いを封じろ【カゴの魔除け】!」
おまじないと唱えると、一瞬六ツ目かごは膨らむように大きくなって、和綴じ本に覆い被さる。
そして、収縮。
元の大きさに戻ると、籠の内側全体を覆う黒い膜のような物を発生させ、隙間がなくなった。
外から中のあふれ出る呪いを密閉する結界なのだろう。
あれだけ俺の頭の中で鳴っていた警戒音が止まった。安心だと、安全な状態になったということだろう。
こうして、和綴じ本を封じたのだった。
「後は、おまじないが有効かどうか、盛り塩で測定せよってあるな」
当たり前のように、おまじないを使いこなす商一。
祖母も祖母で納得しているのか、台所に行って盛り塩を用意してくれた。
話が早くて助かるけど、疑問を持たないのだろうか?
いや、疑問を持つよりも、先に行動に移しているだけかもしれない。
目の前の問題を解決するほうが先だものな。
上手くいかなかったら、その時また考えるっていう方が効率がいいだろう。
「お、綺麗な三角形だね、照乃ばぁちゃん」
確かに、写真を撮りたくなるぐらい、盛り塩の形は整っていた。
「で、こちらの盛り塩を籠の真横に置きますと……おっ!」
塩三角形の先端部分が黒く染まる。
ほんの先っちょだけど、異変が起きている。
「塩はおまじないを継続させる電池やバッテリーみたいなものです。塩が黒くなるのは、効果が現れている証拠です。黒くなった塩は自然消滅します。本書が測定に盛り塩をすすめているのも、そのためです」
よくわかる科学実験みたいな説明文だな。
しかも、別に盛り塩でなくてもいいようだ。肝心なのは塩であること。ただその一点のみだ。
「このおまじないの効果を維持させたい場合は、半径二十センチ圏内に塩を絶やさないように備えておきしましょう……だって」
これはこれはご丁寧に。
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