Track.5 ばぁちゃんの家
そんなこんなで高速道路を出て、十数分。
車一台がやっと通れるような細い道を走った先に、祖母の家がある。
大きくて立派な門構えに、瓦屋根の二階建ての家、さらに蔵と、古民家と言えばだいたいこんな感じのものを想像するのではないかという、建築物三点セットが見えてきた。
「え、え? 想像したものより三倍ぐらいデカいのだが、ここで合っているのか、鋼始郎」
初見は、尻込みしてしまうぐらいの威圧感を覚えても仕方がないだろう。
広い庭も風格を漂わせているし、小さな子どもは泣くぞ。
現に俺は泣いた。
でも、商一、お前は中学二年生だから、ポーカーフェイスまでいかなくても、黙っていようぜ。
「何気に失礼だな、商一。だけど、これがここらへんで残っている古民家の最低条件だと思ってくれて構わないよ」
くろのみ町が売りにしている厳かな景観には変化がないが、住宅事情は目まぐるしく変化したのだ。
「うちよりも小さいのはここ数年で今風のプレハブ住宅に建て直されたり、黄魁マンション建設のために取り壊されたり、と今の人は今の人で住み心地のいいように改築しているから。黄魁神社周辺も外見こそ、そのままに見えるけど、中身はかなりリフォームしているよ」
祖母と田舎暮らしする時も、中身は最新だったしな。
「へ~。意外だな。外装とそんなに違うなんて」
「そうか? 昔の給湯器なんか部品すらないから、全替えだったそうだよ、商一」
生前の祖母から聞いた話によると、がつくけど。
「そういうこともあったねぇ。まぁ、あたしも電気やガスが使えない不便な生活はもう嫌だからね」
祖母はしっかりした足取りで玄関までたどり着き、バックの中からカギを取る。
この引き違い戸もリフォームしたもので、当時防犯性に優れているという理由でPSシリンダーを搭載している。
面影を残しつつも、中身は祖母の要望に応えたモノへと改築されたのだ。
祖母は二つある鍵穴にそれぞれカギを差し込み、回した。
「ささ、家に上がんな、商ちゃん、鋼ちゃん」
家のカギを開けると、祖母は俺たちを家に招き入れる。
俺たちは祖母に促されるがまま靴を脱ぎ、とりあえず居間へと向かった。
見慣れたようで、慣れていない祖母の家。部屋の間取りは勿論、家具の配置まで俺が小学二年から住んでいた頃から変わらない。
世界が違うはずなのに、まるでここは時間が止まったかのように中身が想像以上に同じで、俺は不思議な気持ちになりながらも、目が潤む。
俺の世界では、もう祖母がいないのだ。
かつてあった日常の延長線にいるようで、胸に熱いものが込み上げて来る感じがする。
「さぁって、あんたたち。荷物を置いたら、予定通り本棚を調べて、黄魁縁起を見つけ出すよ」
くろのみ町に来たら、まずすると決めていたことだ。
祖母の家に黄魁縁起があると俺たちが確信しているのは、このペリドット世界の俺の親戚のおじさんが見たことあると言ったからだ。
それはくろのみ町に行く前日のことだ。
祖母の家の実質管理人と言ってもいいぐらい、見回りに来てくれるおじさんに、祖母は一言二言報告しようとして電話を掛け、その後の他愛のない世間話をしながら探っていたら、このことを教えてくれたそうだ。
俺たちにとってこれは朗報であった。
当初は図書館かくろのみ公民館から借りようと思っていたが……。
くろのみ図書館、水害復旧中のため臨時休業。
くろのみ公民館、そもそもペリドット世界では存在していない。
混音図書館、他ここ周辺の公共機関、通常休館日。
……と、タイミング悪く、ハードカバーの黄魁縁起を借りれそうな場所は軒並み休みだったのだ。
くろのみ公民館については、くろのみ中学校こと、元くろのみ小学校が橋上地区の避難所だったというところから、ある程度は予想していたけどな。
建築さえされていないとわかったときは、くろのみ町が混音市に吸収合併したのは英断だったなって思ったよ。
吸収合併したことで、災害への意識が向上した可能性が高いからな。
俺のトパーズ世界でも、水害につながる大雨洪水があったもん。ただし、死者が出るような被害はなかった。
ばぁちゃんの家や、曜丙や友希帆が住んでいる黄魁マンションがある橋下地区はそもそも洪水に強い地形らしいので、無事だった。
一応被害があったかどうか、俺がまだトパーズ世界にいたときに、親戚のおじさんに聞いたら、橋上地区の人たちはくろのみ公民館に避難していたし、法枠工がうまく機能したのか、土砂崩れ自体がなかったようで、ただ強い雨が通り過ぎただけだったと答えていた。
だからこそ、くろのみ小学校解体の催しは予定通り行われることになっていたし、商一と奏鳴さんと一緒に、旅行しようとしていたわけだ。
備えているいないで、こんなにも被害状況が変わるとは、平行世界で入れ変わっていなければわからなかったことだ。
貴重な情報だと思うけど、これを話してわかる相手がいないのが悔しいな。
「それにしても、本棚も本も多いな、照乃ばぁちゃん」
「亡くなったじぃさんは本を読むのが好きだったからね。あたしも読書が好きだけど、じぃさんほど読んじゃいなかったかもね」
おおっと、今は本を探さないと。
黄魁縁起が本命だけど、本格的なおまじない本もあった、祖父選定図書。
もしかしたら、この家には本物の魔導書も眠っているかもしれないのだ。
舞生の聖痕を解決する手掛かりになるかもしれない。
「う~ん。こういう時、なんかビビっと来るものがあると楽なのにな……」
俺の第六感はその場の危機に反応するタイプっぽいから、物体に残こる人の残留思念を読み取るとか、近い将来これがあったら便利とか、過去や未来に関する物事についてはさっぱりだ。
「まぁまぁ、こういうものは地道にやるしかないって……あ、黄魁縁起、発見!」
商一は、黄魁縁起を見つけ出した。
「名前順ではなかったけど、ジャンルごとに区別はしていたようだな、鋼始郎のじぃちゃん」
乱雑されているように見えて、ある程度は固まっていたらしい。
それでも、びっしりと埋まった本棚はもちろん、聳え立つダークタワーからよく探り出したものだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます