Track.4 いざ、くろのみ町へ
──混音市。
くろのみ町と隣接している、人口二十万以上の中核都市だ。
昭和・平成の大合併で大幅に土地面積を広げた、この県を代表する商工業都市。地方活性化の中心拠点となる中枢中核都市にも選定されている。
この立場は、くろのみ町が吸収合併する前からのものなので、くろのみ町があるなし変わらないようだ。
「お、これはすごいデコトラだ」
商一は車の窓にスマホを接触させ、高速道路を走る大型自動車の写真を撮る。
連写モードというところが、商一の本気を感じる。
「しかも、
俺も今通り過ぎたデコトラに興奮する。
さすがに、キゴミのわらべ唄のフレーズを意識したデザインはなかったが、黄魁神社の輝かしい伝説である、著名人たちが参拝した後に作り出したという名作をモチーフにした塗装イラストが賑わっていた。電飾もあるから、おそらく夜もド派手なのだろう。
機会があったら、夜バージョンも見てみたいと思うぐらいには、遊び心満載の飾り付けられたトラックであった。
「もう、あんたら、元気だねぇ。あ、商ちゃん、画像は後で頂戴ね」
そして、運転中の祖母も絶賛。
そう、俺たちは祖母の運転で高速道路を走っているところだ。
商工業都市が隣にあるからか、下手に電車で移動するよりも、高速道路のほうが時間短縮になる。
それに、田舎は車が必要不可欠だ。
運転技術がないとまず話にならないぐらい、家から日常的な買い物ができる場所までの道のりが遠い。
山越え谷越え、車酔いしやすい人には優しくない、くねくねした道は通常。
例え、バス停があったとしても一時間に一本あれば行幸。
しかも、いつ赤字に耐えきれず廃線されるかわかったものじゃない。
地方交通はシビアなのですよ。
それでも、くろのみ町はまだ恵まれている方だ。
中核都市が隣だから、隣の市の中心部まで行けば、衣食はもちろん、病院や娯楽施設もある。
通販面も充実しているので、ソレを頼ればまだ何とかなるかもしれない。
まぁ、数年住んでいた俺から言わせれば、車がないのは足がないのと同じくらい不便だとは思うよ。祖母が亡くなった時、親戚のおじさん頼りだったし。
土日は車で中心部まで往復してもらっていたし。
強いて田舎の利点をいうなら、人や車も少ないから、ペーパードライバーは気楽に実地訓練が出来ることぐらいかな。
車の運転が趣味じゃなくて、義務になるのが田舎だ。
それでストレスを感じる人もいるらしいから、田舎暮らしを考えている人はよく考えて欲しい。
運転技能は推奨ではなく、必須スキルだ。
女でも、いや女だからこそ必要。万が一のこともあるから、運転免許証は持っておけ。
出来れば、マニュアルの方。
ちなみに、これは祖母の意見である。
普段使いの車はオートマであるが、いろいろと応用が利くとか。
中学生の俺には、車の運転自体未知の領域だけどな。
偉そうに心の中で言っていたけど、受け売りなのだよ。
祖母の言うことは、だいたい合ってる。
特に実用的なモノなら、経験則に基づいているからか、正解率が高い。
ただし、思い込みや決めつけの場合は精度に欠ける。
そんなことを思っていたら、高速道路の出口が見える。
黄魁橋。
くろのみ町はもちろん、ここ近辺では有名な河川。
黄魁命が生まれた川だとか。増水や洪水が発生しやすい川だとか。
通常は穏やかなで美しい川なので、マイナスイオンがたっぷりの見応えある、町の名高い景観。
……と、ペリドット世界のくろのみ町の公式ホームページには載っていた。
「え、黄魁橋……で降りるのか?」
「そうだよ。ばぁちゃんの家が目的地なら、出入り口は黄魁橋一択だよ。すぐ近くだからね」
商一は、くろのみ町、くろのみ町、と頭に叩き込んでいたからか、出入り口名が黄魁橋だというのに違和感を覚えたのかな。
俺には常識だったけど、初めてなら戸惑うか。
「本当によく知っているねぇ、
「トパーズの俺は住み慣れているからね。まぁそれも、ばぁちゃんの家が変わっていなかったからだけど」
「ふふ。鋼ちゃんが平行世界の自分と変わってしまったと聞いた時は驚いたけど、こう話してみると、根本的なところは変わっていないようで安心したさ」
ペリドット世界の祖母には、すでに俺の事情を説明している。
お互い、疑心暗鬼になるのを避けたというところもあるが、ペリドット鋼始郎では知りえないくろのみ町の知識を、トパーズ鋼始郎こと俺がスムーズに出すために必要なことだったのだ。
別世界の住民の俺の方が、くろのみ町に詳しい。
ここに来るまで、インターネットサイトの地図で粗方調べ、俺の知識と照らし合わせてきたからわかったことだ。
多少世界の違いもあって違うところもあるが、くろのみ町に行ったことがない商一に、混音市に住む親戚のおじさんに家のことをほぼ任せている祖母より、俺の土地勘は役に立ちそうなのだ。
話した時、祖母にドン引かれるかどうかが不安だったが、何のことはなかった。
祖母は俺のことをあっさりと受け入れた。
違う世界の大観鋼始郎でも、孫は孫と認めてくれたのだ。
「頼りにしているよ、鋼ちゃん」
祖母の優しい声。
こんな短い言葉だけど、俺にとっては祖母との思い出と相まって、感慨深い。
大変だけど、いやまだまだ大変なことが起きるだろうけど、俺は祖母のこの褒め言葉だけでも、頑張れる気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます