第15話 最後のお面を殺した後…

「テン、テンテテン、テンテンテン、怨んだ豚、全身を焦がして、黒くなるぅ♪ 黒くなるぅ♪」


 歌い終わって、様子を伺う。

 全身を焦がすという部分から、てっきり燻るように燃えると思っていた。

 だが、そうじゃなかった。


“ゴフッ! ゴボゴボゴォオ! ゴボゴボォ……”

 口の部分から、黒い何かの液体が流れ出てくる。

「うわ、汚い」

 まさかの嘔吐。


 そして、臭いから炭、墨汁か。


 これから黒くなるのではなく、もう黒いのか?

 いや、一応、これから黒くなるらしい。


 ただし、吐いた墨汁で周辺を黒くするという方向性で。


「……本当に、汚い……」

 想像が出来てしまった俺は何とも言えない顔で、早く終わってくれと願うしかできなかった。


“復讐なんて、くだらないことをしやがって……クソ、が……”

 いや、復讐なんて全く考えていないのですが。

 この怪異空間から脱出するのに必要なことだと思われるので、行っているだけです。


 一周まわって頭が冷静に反論を用意してきた。ただし、話しても無駄なので、心の中に思うだけでとどめているけどな。


“惨めだな。惨めだよ、お前はっ。惨めに死んでいれば、みんなハッピーになるはずだったのに。抗いやがって……選ばれた人間である俺たちのために死なねぇなんて、クソすぎるだろ!”


 ……あ、はい。


 お面のたわ言はセルフシャッドダウン推奨でしたね。


 つい、最後という特別感が出て、聞き入ってしまいましたが、あくまでも脱出の手掛かりになるかもしれないから聞いているのであって、心を揺さぶられているわけでもなく、同調する気も共感する気もありません。


 どんな騒音を出しているのかが、気になる程度です。


 後、クソクソ言い過ぎ。

 トイレという現場も合わさっていて、大変まずいです。


 こちとら、頭の中にこびりついている、負の連想ゲームを止めるため、怪異に全集中しているところもあるのよ。

 どこまで着いてくる気だよ、茶色いダークマター!


“ガフッ!”

 最後は喉から声が出ないように縄をきつく絞められたのか。

 断末魔としては、静かな。

 口から黒い泡を吹き出しながら、息絶えた……ようだ。


 ブラン、ブランと……心なしか初めて見たとき無機質な振り子運動に、俺は固唾かたずを呑んだ。








「……どうやら、死んだようだな」

 お面の死亡確認方法なんか知らないから、音声頼りなのだが。


 これで、心置きなく楽譜を破り捨てられる。


「そうだね……」

 曜丙も事前打ち合わせ通り、黒い豚のお面が沈黙すること三十秒後に、楽譜を二つに破いた。


 裏を写真で撮って確認した後に、八つ裂きでも細切れにでもして放置すればいい、と思っていたのだ。


 俺がスマホで撮影した、丁度その時だった。


 画像を確認する時間は、心の余裕は、残念ながらなかった。

 それほど、俺は目の前の出来事に驚愕してしまったのだ。


 まさか……オレンジ色のスケルトンリコーダーが強い光を放ちだすなんて、予想できるか!


「きゃぁ」

 曜丙の悲鳴が色っぽすぎる。


 どうでもいいことを思いつつも、リコーダーから目を離さない、俺。


 そして、リコーダーとは反対側、つまり、ドアの向こう側、廊下の方から腐敗した臭いが鼻につく。


“ゴォオオオオ、ゴォオオオオ”

 さらに獣のような唸り声。


 尋常じゃないことが起きている。


 リコーダーのことも気になるが、外も気になる。


「曜丙、ちょっと俺、ドアの小窓から外の様子を見てくる」

 正直、嫌な予感しかしないのだが、目の前の現実は直視しないといけないものだ。

 俺はバケツ等を器用に使って、ガラス窓から外の様子を伺う。


「……臭いから予想していたけど、やっぱり、出てきたか……」


 腐敗し一部が白骨化した顔と手はボロボロのくせに、赤い目はぎらつかせたソレラは、外を、廊下を徘徊していた。


 およそこの世のものとは思えない存在が、五体いるのだ!


「ゾンビ、だよな……」

 よく見ると、五体のゾンビはそれぞれ動物のお面を顔の右上につけ、死因によるものであろう特徴があった。


 青い犬のお面をつけた少年ゾンビは、喜びで満ち溢れた表情で、ずぶ濡れの体のまま、廊下を這いずる。


 赤い羊のお面をつけた少女ゾンビは、怒り狂り、所々燻ぶるように燃え、炭化し、欠損している体だというのに、壁に寄りかかり、まだ辛うじて残っている片足で、進む。


 黄色い牛のお面をつけた少年ゾンビは、すすり泣きながら、土に埋もれていたからか、この中で一番腐敗箇所が少ないが、泥まみれの体で、ゆっくりと歩く。


 白い馬のお面をつけた少女ゾンビは、楽しそうに笑いながら、細い穴の空いた竹に首や心臓や太もも……おそらく大動脈的な部分を貫通されたまま、血ではなく、腐敗液を垂れ流しつつ、ぎこちなく動く。


 黒い豚のお面をつけた少年ゾンビは、首の縄を外すことなく、恨めしそうに、他四体より一層目を血走らせ、口からは黒い液体を滴らせ、ボトボトと腐った腹から飛び出した、墨汁に染まった臓物をこぼしながらも、比較的機敏に動いている。


「どこから来たんだ……あっ!」

 割れたガラス窓を通って、ビュービューと吹き上がる雨風が廊下を汚す。


 どうやら、あのゾンビたちは、壊れた墓の後に浮かんでいた火の玉が、実体化し変貌した姿とみて、ほぼ間違いないだろう。


“どこにいる……”

“ちょうだい、ちょうだいよ、あなたの命……”

“どうせ生きていても、有意義に使えないのだろ。なら、くれたっていいじゃないか……”

“ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい……”

“お前の命が上等なわけがないだろ、なら、俺たちに捧げるべきだ”


 ……めっちゃ、好き放題、身勝手なことを言っているよ。


(上等じゃなくても、誰がお前らに命をやるか、アホ)

 心の中で悪態をつくだけでとどめている、俺。


 そりゃ、声にしたら、反応して、こっちに来るかもしれないからな。


 こういう局面は、どんなに煽られても、焦らず、冷静に物事を考えてから、行動に移さないと、即死につながる。

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