第16話 ここまでの推理は決して無駄ではなかった
(と、言っても……これからどうする。出口はどこにあるかわからないから、強行突破は現実的じゃないし。それにリコーダーの件も……)
俺はチラリとリコーダーの方に視線を戻す。
オレンジ色の光に融和しだし、リコーダーの原型はなくなっていた。
光の色も、オレンジから黄色……いや、金色へと変化している。
どちらかというと粘土のように形をぐにゃぐにゃと捏ねている。等身大まで膨らみ、人の、薪を背負った本を読む少年の形へと造詣が変わる。
「……二宮金次郎像?」
金色の光が収まると同時に、シルエットクイズは終わりとばかりに、二宮金次郎像へと質量保存の法則を無視して変わった……いや、この場合、元に戻ったというのが正解か。
『……』
二宮金次郎は何も言わず、トイレの入り口のドアにタックルし、大穴を開けると、底から外へと飛び出した。
「!」
驚きのあまり、声が出ないというのはこういう事なのか、と一瞬感動しちまった。
しかも、二宮金次郎のターンはまだ終わっちゃいなかった。
これからが本番だと言わんばかりに、本を閉じ、その本に金色のオーラをまとわせ、大きく振りあげて、
“お、お前、封印されていたはずじゃ!”
青い犬の仮面のゾンビに打ち付け、スパーキング!
そして、爆発四散。
飛び散る肉片らしきモノも、金色の光が炎のように包み込んで、跡形もなく消えていく。
“来ないで、こっち来ないでよ”
欠損だらけで機動力に問題しかない、赤い羊のお面のゾンビの悲痛の叫びも聞き耳持たず、冷徹な戦士のように、二宮金次郎像は本を投げたことによって手ぶらになった左腕に、金色の光をまとわせ、放つ。
その光は、ビームとなり、ジェットエンジンのような音を立てながら、赤い羊のお面のゾンビもろとも、たまたま直線方向にいた、黄色い牛のお面のゾンビにまで貫通する。
“あ~。あ~。守り神が出てきちゃ、ゲームオーバーだな”
二体のゾンビは吹き飛ぶ。
威力は高かったせいか、二体のゾンビがいた場所は軽くクレーターのようになっており、吹き飛んだヤツラもまた、内部からえぐられるようにオレンジ色の光に溶け込んでいき、消滅した。
“殺される、殺される、いやっ、いやっ!”
“クソっ、あと少しでひっくり返せたというのに……。クソがっ!”
怖気づく白い馬のお面のゾンビと、悪態をつく黒い豚のお面のゾンビ。
これが最後の言葉になったのは言うまでもないのだろうが、あえて言おう。
二宮金次郎像が背負っている薪が、数多にあるあの薪が、金色に輝くと当時に、ミサイルロケット噴射さながらの勢いを伴って突撃していったのだ。
ゾンビたちは身を捩らせながら、避けようとする姿勢こそ見えたが、避けきれる量ではないので、無駄に終わる。
荒々しく、猛々しい、爆破の勢い。
圧勝という言葉が相応しい、花火大会が開催された。
そして、あれだけの腐臭が、この光の威力によって消えてなくなった。
そう、二宮金次郎像は、一瞬のうちに鮮やかに五体のゾンビを蹴散らしたのだった。
「これは強い。強すぎる」
二宮金次郎像の機械仕掛けの神ごとき活躍を目にし、俺の語彙力は低下した。
いや、本当……二宮金次郎像ってこんなに強いものなの?
世の中知らないことで、いっぱいだな……。
『……』
二宮金次郎像は後ろで見ている俺に向け、中庭を指さす。
墓が全部なくなった中庭には、橋で見たような大きな空間の穴が広がっている。どうやら、この穴をくぐって元の世界に戻れというようだ。
「あ、ありがとう、ございます」
感謝の言葉しか出なかったよ。
そこで、俺はあることに気がつく。先ほどから俺の声しかない。つまり、近くにいるはずの曜丙がなぜか反応していないってことだ。
「お、おい……曜丙、生きているか? 意識、あるか? 怒涛の展開で頭がショートしてしまったのかもしれないが、二宮金次郎像にお礼を言おうぜ」
曜丙は案の定腰を抜かしたらしく、トイレの床タイルにへたり込むんでいた。
なんだ、呆然としていただけか。
「あ、うん……。僕、意識が遠のいちゃって……」
まだ曜丙は混乱しているようだ。
でも、ゾンビたちを瞬殺する二宮金次郎像を見てしまったら、こうなっても仕方がないか。
恐怖から安堵へ切り替わるときって、脱力感半端ないものな。
目立った傷もないし、意識まだ正常に戻っていないようだけど、無事な曜丙の姿にちょっと安心した。
「その気持ちわかるよ。だけど、二宮金次郎像さんは出口を示しているようだからな。こんな怪異空間からはおさらばしようぜ」
即行退去が望ましい。
「鋼始郎のいうことは正しいよ」
休むにしても、安全な場所についてからのほうがいい。
ここは多少無茶をしても出口の穴をくぐって、元の世界に戻るべきである。
「まぁ、雨で濡れるかもしれないけど、最低でも黄魁橋を渡り切って、雨宿りが出来そうな適当な場所で休もうぜ。見当たらなかったら、学校になるけどな」
俺の記憶によると、黄魁橋の中間近くまで渡っていたはずだ。
引きずり込まれて多少の誤差があるかもしれないが、元の地点に戻るのがセオリー。
楽観的でも、可能性の一つなら考慮するべきだろう。
「あ……そ、そうだよね。時間の流れに問題がなければ……」
「う、その可能性もあるのか」
体感時間一、二時間。
大遅刻間違いなしである。
「とりあえず、学校まで頑張ろう、曜丙。頭がボーとしていても、一か月も練習を繰り返してきたから、体が覚えてくれているって」
列席者の皆さまのことを考えると、俺たちが来るまで、待っているかもしれない。大変申し訳ない。
現実に帰れるだけでうれしいはずなのに、つい後のことも考えてしまうのだろうか。
心に余裕が出来た証拠だけどね。
「二宮金次郎像、本当にありがとうございました!」
俺は曜丙を連れて、中庭に行くと、最後に振り返って、二宮金次郎像にまた感謝の言葉を送った。
確かに、一度俺はありがとうと述べたよ。だけど、状況を把握しようと混乱していた時のものだったし、聞き取りにくい上に、言った俺も心からの感謝としては、物足りない気がしたのさ。
別れのあいさつよりも、感謝の念を優先したくなったのもあるしね。
俺のこの心からのお礼。受け取ってもらえるとうれしいな。
「僕からも、ありがとうございます、二宮金次郎像」
曜丙もちゃんと言えてよかったね。
俺は二宮金次郎像に見守れながら、穴をくぐった。
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