第8話 音楽室
音楽室。
後ろにはクラシック音楽を代表する作曲家達の肖像画が並んでいる、どこの学校にもありそうな教室である。
音楽が好きな友希帆が言うには、音が響かないので、つまらない、とのこと。
俺は音楽に造詣が深いわけではないが、学校の音楽室よりも、家の風呂場の方が声が響いて楽しいということぐらいはわかる。
ここは田舎町だから、こういう趣味に近い教科は、疎かになりやすい。苦情を言っても改善されるわけもないので、たしなめるぐらいだったなぁ。
卒業式のために五曲も練習させられたけど。
音楽が好きというより、その曲が好きであって、楽しさはその曲に思い入れがあるかないかで左右されているものだと悟ったのは、記憶に新しい。
「うわ、なんだこれ?」
曜丙の驚く声で、目の前の現実に意識が戻る。
「……これは、これは……嫌な感じだな……」
音楽室の黒板には、不気味な文字で書きつづられた言葉があった。
『こたび異界へと誘われた不運なるもの』
『残りの生をココで燃やし尽くすがいい』
『せいぜい頑張ってください』
以上、三行。
「最後、エールかよ!」
上から目線なのが、妙に腹が立つ。
「気持ちはわかるが、落ち着け、鋼始郎。あれ?」
指揮者用譜面台とその横の教卓に、それぞれ見慣れない楽譜ファイルとオレンジ色のスケルトンリコーダーがあった。
「シックなデザインが高級感溢れるってところかな?」
俺は譜面台から楽譜ファイルをとって、楽譜を見る。
楽譜は黒板のように緑色。なんで白い紙じゃないのかと言いたいぐらい、不気味だ。
楽譜の中のオタマジャクシこそ黒だが、その量は多く、俺が笛で吹けるかとなると、無謀としか言いようがなかった。
「この音階……まさか!」
一方、音楽の成績優秀な曜丙は、楽譜を読んだだけで、楽譜に書かれている曲が何なのか理解している様子。
教卓のスケルトンリコーダーを迷わず手に取ると、楽譜の通り吹き出す。
妙に小気味のいい音楽が鳴り響く。
「……」
あれ?
この曲、聞いたことがある。
「え、これ、キゴミのわらべ唄、じゃないか!」
楽譜にすると、こんな感じになっていたのか。
今の俺が感じていることは、猫ふんじゃったを楽譜で読まずに弾ける子が、その楽譜を初めて見たときの衝撃に似ている気がする。
改めて楽譜を見ると、オタマジャクシがすごい感じで泳いでいる、という所が、特に。
よく一発で吹けたな、曜丙。
演奏のおかげで、絶対音感どころか楽譜に書かれているだけではどんな曲かイメージ湧かない俺でも、この曲が何なのか理解できたけど。
「それにしても……不気味だな」
歌詞が死を連想するものだからってところもあるけど。
それなしでも、静寂だからか、湿り気が強いからか、普段よりも、リコーダーの音色はよく響いたのだから、普段の二割増しで怖い。
「それは否定しないね」
一曲拭き終わったからか、曜丙は笛を吹くのをやめ、改めて楽譜ファイルを注視する。
「ファイルや楽譜の裏に何か書いていないかな……」
ファイルには何もなかったのだが……そうか、楽譜の方か。
曜丙がファイルから楽譜を抜き取ると、すかさず裏も見る。
「なんだこれ?」
裏には絵が描かれていた。
鵜が田んぼの中に佇んでいるという、写実的な白い鉛筆デッサン。
もしかして、この楽譜が緑色なのは、この田んぼのためなのか。
白鉛筆で表現するのは難しかったのだろうか。とにかく、物凄くこだわりを感じる絵だった。
「なんで、鵜?」
うまい絵だとは思う。
だけど、キゴミのわらべ唄、全く関係ない絵にしか見えない……のだが。
俺はうんうん頭を悩ませていると、曜丙がポンっと豆電球を出した。
「もしかして……絵文字、とか」
鵜と田。うた。
あと、絵を足したら……。
「う、た、え……歌えってことか、曜丙?」
「そう、それだよ、鋼始郎」
何をと問われれば、十中八九、キゴミのわらべ唄だろうけど。
「ほかにヒントになりそうなものは、無いか?」
俺が再び探索に挑もうとした時だったろうか。
ガコン。
不意に掃除ロッカーの中から音がする。
「ぎゃっ!」
ロッカーの中の何かが落ちただけのようだが、このタイミングで落ちてくるなよ。
悲鳴をあげちゃったじゃないか。
「音の正体はコレか」
曜丙は何の躊躇もなく音がしたロッカーを開け、中を確認。
お化けが出てきたらどうするんだよと言いたいところだが、すでに白い手の化け物に、くろのみ小学校に激似な不気味な場所に閉じ込められている身の上では、情報を取りこぼすほうが後が怖いので、慎重になりすぎて何もしないよりも、危険覚悟で積極的に取り組む方が大事。
恐怖だけなら、乗り越えるしかないのである。
「コレ……って、お面か」
掃除用具の中でも下の方を陣取っていることで定評がある、銀色の掃除バケツの中に件の音の原因であろうお面がある。
青い犬のお面。
こんな場所で見つけてしまったモノだから、不気味としか思えないのだが、全体的に青いというのも恐怖を掻き立てる。
直に触りたくないから、バケツごと持ってきた曜丙の気持ちがわかる。
「統合すると、お面に合わせて、キゴミのわらべ唄を歌えってことかな」
青と犬からすると、一番のやつだとわかったのだが、いかんせん、俺、歌詞をまじめに覚えていない。間違えれずに歌いきる自信がない。
「そうなるね。でも、僕が笛を吹くほうがいいだろうから……ちょっと、待って」
曜丙は、ランドセルの中から、筆箱と自由帳を取り出す。
今日卒業式だけど、私的か公的か、または両方の理由で、メモをとっておいたほうがいいことが多いからな。
自由帳なのは単純にポケットサイズのメモ帳だと、小さい字は書きづらいし、読みづらいという、小学生あるあるからだ。
確かにランドセルから取り出すのは面倒だけど。読み直すことを考えると、自由帳は手放せない。
曜丙は自由帳の一ページを破ると、文字を書く。
歌詞を覚えていない俺のために、キゴミのわらべ唄の歌詞を書いてくれるらしい。
「ケホケホ。いつも、すまないなぁ、曜丙さんやぁ」
「いいってことよ……と、うん、書けた」
歌詞を記憶していないだけで、リズムをとることなら、できるからな。
お約束の寸劇を交えることで、心を落ち着かせて、レッツ・ミュージック。
作詞・作曲・編曲、何代目かの黄魁神社の宮司。
演奏、守曜丙。
歌い手、僭越ながら、大観鋼始郎。
曲名、キゴミのわらべ唄。
歌わせていただきます。
「テンテンテン、喜んだ犬、川で溺れて、青くなるぅ♪ 青くなるぅ♪」
曜丙と比べると、正直下手だ。
音やテンポがずれているが、一般小学生男子の歌声としては、声がはっきりして、イイですねと評価されるほど。成績だけなら何気に良かったりする。
「ふわぇ?」
「お面が、バケツが?」
歌い終わると同時に異変が起きた。
青い犬お面を中心に、水が沸き上がり、水の柱となる。
バケツ程度じゃ、こぼれ溢れてしまう量だというのに、一向にあふれる気配がない。
しかも、この水の柱の中から……
“ゴボ、ゴボゴボ! ゴボゴボゴォオ! ゴボゴボォ……”
今にでも溺れ死にそうな声というか悲鳴、断末魔が聞こえてくる。
「うわ……」
水の中にあるからか、どのような言葉だったのか聞き取れなかったが、次第に静かになっていく音は、命の炎が消されたようにしか思えなかった。
そして、お面から何も音がしなると同時に、水と共にお面は消え、空になったバケツだけが転がり落ちる。
「気持ち悪かった……」
俺の予想では少なくもあと四つ、同じようなことが起きる気がする。
「そうだね……」
全く気が滅入ることだが、ここから出るための儀式ならするしかない。
なんたって『せいぜい頑張ってください』だものな。
やってやろうじゃねぇか!
「とりあえず、黒板の文字と青い犬のお面を水に溶かしたこともメモしておくか」
曜丙の自由帳、大活躍。
「溶かしたと言い張る勇気……」
それ以外の言葉を使いたくない気もわかるけど。
個人の感想は自由だからな。この音楽室のことだけで俺たちは、複雑な思いに駆られるしかなかった。
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